巨釜山の鍛冶の神様
マルトー工房の職人たちは、ベックが連れていかれるのを複雑な表情で見送った。
忠告を聞かず飛び出していったとはいえ、駆け出しのころから数年間ともに毎日を過ごした仲だ。
何とかしてやれなかったのかと思うものもいれば、いつかこうなるだろうと思っていたものもいた。ただその全員が言葉を発さずに、ただ連れていかれるのを眺めていた。
少しだけ気まずい空気の中奥に通されると、そこではマルトー親子がすでにテーブルについて待っていた。
「ほらほら座ってください。お夕食まだでしたら召し上がっていってくださいね」
「ええと、すみません、では」
「遠慮しないでね、来てくれると思って多目に作っちゃったから、食べてくれないと困るの」
小さな体でてきぱきと動いて、ディタがテーブルに食事を並べていく。来るたびに食事の世話になっているので、申し訳ないような気分も持ちつつハルカは席に着いた。
宴会をするほどではない食事量を見ると、今日は職人たちはこちらへやってこないようである。
「巨釜山での話、しておいたです。報酬は明日の朝貰うですよ」
「ん、わかったー。……さっき外でベックさんとアルがやりあっちゃってさ」
「……そですか。さっきまでお金の無心に来てたですけど、父さんが断ったら怒って帰ったです。職人として一から働くなら受け入れるって言ったですけどね」
「あー、そうだったんだ……。ん、まぁ楽しい話じゃないからやめとこっかな」
「そですね」
二人がこそこそ話しているうちに、テーブルに食事が全て並べられ、ディタがオーヴァンの隣に腰かける。
それをきっかけにして、オーヴァンは片手に持っていたジョッキを傾けて酒を口に流し込んだ。豪快な飲み方である。
空になったジョッキをテーブルに控えめに置いたオーヴァンは、厳めしい表情のまま口を開いた。
「無茶を言って悪かった。依頼の完遂に感謝する」
「いえいえ、そんな……」
「……あの山の巨人には、昔からの言い伝え以外にも恩があった」
内容もそうだったが、オーヴァンが続けざまに長い言葉を話したことにハルカたちは目を丸くした。モンタナすらもそうなのだから、本当に滅多にないことなのだろう。ディタも隣で「あらあら」と言っている。
語りを邪魔してはいけないと黙り込んだハルカ達だったが、しばらくしても次の言葉がつながらない。そろそろ話していいのかなと目配せし始めたころに、ようやくオーヴァンが続けた。
「鍛冶の腕に停滞を感じた時期があった、もう、かれこれ二十年近く前だ。体を鍛え、心を鍛えてきたつもりだが、遺物と呼ばれるような武器には今一歩及ばないことがわかっていた。儂は何が足りぬのかと思い悩んだ末、ついには神頼みで巨釜山に登った」
「登ったことが、あったんですね……」
「魔物いるのによく無事だったな。護衛でも雇ったのか?」
アルベルトの疑問にオーヴァンが首を振る。
「壁に大きな槌がかけてあるでしょ? あれをふるって魔物を叩き潰しながら登ったそうよ」
ディタが立ち上がってオーヴァンのジョッキに酒を注ぎ、それから大きな槌を指さして説明する。
見た目だけで言うと確かにそんなことができそうでもあるのだが、冒険者でもないのによくもまぁ本当に無事だったものである。
「運が良かった。とびかかってくる小さな魔物を叩き潰しながら山の天辺までたどり着いた。しかしそこには何もなかった。怪我が酷く、気力もつきていた。そんなとき、頭上に大きな鳥の魔物が現れた。儂が死ぬのを待っているのかと空を見上げて驚いた」
オーヴァンはまたジョッキを呷った。喉を鳴らしゴクリと水を飲むように酒を流し込み、ジョッキをおいて大きく息を吐く。
「雲をつくような一つ目の巨人がいた。それに驚いた魔物は、何かを落とした。意識がもうろうとしていた儂の上に影が落ちて、それが降ってきたものを受け止めた。…………目が覚めたとき、儂の怪我はしっかりと治療されて、腹の上には獣人の赤ん坊が乗っておった。モンタナ、それがお前だ」
「……僕、です?」
「…………そうだ。儂はすでにディタと一緒になっておったが、子に恵まれなかった。だから儂らは、お前を実の子として育てることに決めた。鍛冶の神様に授かった子だ。弟子たちにはやめろと言われたが、小さなころから鍛冶場に連れて歩いた」
思いもよらない話だった。
オーヴァンが珍しく長く話したのは、モンタナとの出会いを語るためだったのだ。そして分かったことは、モンタナが本当に小さな時にブロンテスによって助けられていたということである。
「モンタナは儂の槌の振りがいいと機嫌が良くなる。機嫌が良くなると儂も嬉しかった。そうしてモンタナが喜ぶよう槌を振るってるうちに、いつの間にやら儂の鍛冶の腕はずいぶんとよくなっておった。…………いつかモンタナは、儂を超える立派な鍛冶師になるんだと思っていた。儂が勝手に期待して、そしてその道を閉ざした」
「そんなこと、ないです」
「いや、ある」
「ないです」
「ある」
「ないです」
「ある」
モンタナがまた否定をしようとしたところで、オーヴァンがごつごつの手のひらを前に出してそれを制した。
「が、今モンタナが冒険者に道を見出していることで、儂はまた救われた。自由にやりたいことをやれ。そしてたまに元気な姿を見せろ」
「……わかったです。また、くるです」
「それから、もし鍛冶の神様に会えるのなら伝えてほしい。立派な息子を授けてくれてありがとうと」
モンタナは返事をせずにこくりと頷いた。
喋り切って満足したのか、オーヴァンは自ら立ち上がり酒を取りに行く。
ハルカたちが沈黙していると、ディタが手を叩き、ぽんっと気の抜けるような音を出した。
「ほらほら、さめる前に食事にしましょ。自分の家だと思って遠慮なく食べていいからね!」
幼い姿ながらもちゃんと母親の表情をしているディタは、食事を始めた愛息子とその友人たちを優しく見守るのであった。





