真相は闇の中
あらかじめ大まかな話の筋だけ決めて行われた、コリンとパッソアのアドリブ劇が終了する。よどみのないその交渉を茶番だと疑うものは支部長室の中にはいないだろう。
ハルカですら途中で、流石コリンは交渉が上手だなと感心していたくらいである。昨日このやり取りの事前交渉をすでに終えていたのを目の当たりにしていたのにもかかわらず。
そんなハルカの間抜けな感想はともかく、今は今回の事件の答え合わせの時間だ。
「彼らによれば、商人の言葉には信じてしまいたくなる不思議な何かがあったとか。そこでその商人の身柄を確保したいと考えているのですが、改めて捜索に出ていただくわけにはいかないでしょうか?」
捜索に出るのは構わないけれど、ハルカたちはその結果をすでに知っている。あの油で髭を固めた商人は、すでに死んでいるとの情報を今朝ゴンザブローからもらったばかりだ。死んでいたのか、殺したのかははっきりとしないところだけれど。
「商人はすでに死んでるから無理かなー」
「そうなると……、彼らに話を聞くしかできることはありませんね……」
パッソアは立ち上がると革靴の音を立てながら部屋を歩く。
背が高くすらっとしているので、その立ち居振る舞いはまるで名探偵のようにも見えてよく似合っていた。
「君たちは普段、街の依頼を受けて生計を立てているね。たまに近隣に出る野生動物や小さな魔物の討伐にも挑戦しているようだが、結果はまちまちだ。間違いないかな?」
確信をもっての問いかけに、並んだ冒険者たちは黙って頷く。
「そんな君たちに、かの商人は何と言って誘いをかけたんだい? はい、そこの一番左の君」
「……支部長もご存じの通り、あの商人、初めのうちはギルドの前で声を張っていたんですよ。一旗揚げたい者たちは、みたいな感じで。俺も胡散臭いからと相手にしていませんでした」
「じゃあなんでその口車に乗ったのか、隣の君」
「俺は……、仕事の帰りに声をかけられて……、ギルドを通してくれって言ったんだけど……」
「なるほど、一度は断った。では決定打は何だった? 一番右の君」
口裏合わせをさせないためなのか、気分によるものなのか、答える相手を次々と切り替えていく。質問されている方からしたら緊張してひどく嫌な時間だろう。
「お、俺ですか? ええと……、何かあっても責任は取ってくれる、とか、間違いなくうまくいく、とか。どうしても俺の力がいるとか言われて……。傷を治してもらった後は、なんであんなのに騙されたんだって、自分でも反省しきりでした……」
「君には奥さんがいたね。止められなかったのかな?」
「止められました。昨日帰ったとき、泣かれて怒られて……。でも出かけたときは絶対に上手くいくと思い込んでいたんです。もうすぐ子供も生まれるし、無茶せずに地道にやります……」
「といった具合です。朝一番でここに来た者たちは、出ていった者たちの中でもどちらかと言えば上昇志向の高い方でもなければ、積極的に戦いに行くタイプでもない。事実いの一番に怪我をしたそうですしね。皆さんはどう思われます?」
「まぁ、変だなーって感じはするかも……」
「もっと鍛えとけばよかったんじゃねぇのかと思う」
コリンが曖昧に答えて考える間に、アルベルトがよくわからない答えを出した。強ければ何も問題なかったんだから、普段からもっと強くなる努力をしとけ、というのが脳筋系冒険者の結論らしい。誰も突っ込みはしないが要通訳だ。
一方でハルカはなんとなく洗脳とか思考誘導、なんて単語が頭に浮かんでいた。まず多くの人がいる前で情報を発信して、そこでめぼしい者の顔を記憶し、個別に交渉をする。
せかせかした現代社会だと相手してくれるものも少ないかもしれないが、この世界の冒険者は依頼が終わればゆったりとした自由時間だ。内に悩みを抱えていれば耳を傾けてしまうかもしれないし、酒を飲んで戯れに聞いてみることもあるかもしれない。
山へ出発するとき彼ら全員が希望ややる気に満ちていたのがそもそもおかしいのだ。
実力以上の何かに挑もうとするとき、虚勢を張るものはたくさんいるかもしれないけれど、あれだけの人数がいて全員が不安を表情に出していないのは異常だ。
精神に影響を及ぼす闇魔法を使っている可能性だってある。
しかし、そうだとするのならばあの商人の目的がよくわからない。
入念な準備をした割に、結果があまり伴っていない。
もしもハルカ達が途中で合流しなかったとしても、あの魔物の大軍を退けて上へ行けたのはごく一部だけだろう。
「……今回の登山の最終目的は何だったんでしょう?」
ハルカがぽつりと発した疑問に、若手冒険者たちが答える。
「頂上に神鉄があると聞いていました。加工が容易く、一度打てば折れず曲がらず、刃こぼれしない武器ができるそうです。価値の高いそれが手に入れば、一生金には困らないだろうと。……今思えばそんな都合のいいものが簡単に手に入るわけがないのですが」
「そんな情報を持っているのなら、手ごわい魔物がいることも知っていたはずです。それにしては準備があまりにお粗末では?」
「……あの、多分あの人は、一部をおとりにしながら頂上へ向かうつもりだったんだと思います。その、実は俺は事前にその話をされていて……、もちろんぎりぎりまでちゃんと戦うつもりでしたけど、いざとなれば一緒に逃げ出そうと。数人にだけ声をかけていると言っていました」
その言葉に続くように「俺も聞いた」「俺は聞いてない」と意見が半々に分かれた。その選別基準はこちらのあずかり知るところではないけれど、そんな作戦があったことは事実であるようだ。
今後彼らの関係に亀裂が入りそうな話である。
「人を操るのが得意で、場合によっては闇魔法を使っていたかもしれませんね。……しかし、商人の目的がわかりません」
「金儲けをしようとして失敗したんじゃないんでしょうか?」
「そうだとしたら、もっと優秀な冒険者を雇いませんか?」
「いや、どうでしょう」
ハルカの予想に、パッソアが顎に手を当てながら反論する。
「ギルドを通していないあたり、元金が足りなかったということではありませんか?
単純に考えるならば、金儲けのために闇魔法を利用して若者たちをたぶらかし、結果失敗したと」
「……闇魔法が使えるんだったら、もっと効率的に金を稼ぐ方法がある気がするんだけどなー。でも死んじゃってる以上もうわかんないや。はぁ、師匠も余計なことしてくれるよねー……」
こてっとハルカの肩に頭を預け、コリンが最後に小さな声でぼやいた。
「とりあえず遺体を見つけた人にもう一度話聞いてみまーす」
「あなた方ではないんですね」
「そうなんです。あー、でもなぁ、早く探さないともういないかも。パッソアさん、あと任せてもいいですか?」
「急ぎですね、わかりました」
「ちょっと門に急ご。師匠目立つから、門番さんに聞けば出かけたかどうかわかるだろうし」
「よし行くか!」
退屈していたであろうアルベルトが話の途中で立ち上がり、ハルカもそのあとに続く。あの妖怪じみた老人のことだから、すでに街を発っている可能性も低くはなかった。





