舐めてるでしょ
「んー、じゃ、一度止まっとこうかな」
仲間内での話がまとまったところで、コリンが足を留めて振り返った。
一番厳しい対応をしていたコリンが振り返れば、当然ついてきていた若者たちも足を留める。後ろめたさがあるのだから当然だろう。
しかしコリンは何も言わない。
沈黙しているからこそ緊張感も高まって、彼らは次第にそわそわと目をさまよわせ始める。ついでにハルカもちょっとそわそわしていたが、それを表に出さないようにきゅっと表情を引き締めることで動揺を悟られぬようにしていた。
やがて少し遅れて、肩から血を流している男が、仲間たちに支えられながら歩いてくる。顔色はかなり悪くなってきており息も絶え絶えだ。
ハルカとしては、止血をきちんとすればある程度持つだろうと思っていたのだけれど、きちんと処置もしていないようだ。鳥のかぎづめなんて衛生的なものでもないだろうから、放っておくと感染症にもなりかねない。
鍛冶師である彼らはともかくとしても、一緒に来た若者たちが処置ぐらいするだろうと考えていたのだが、手を貸している様子はない。
平時であればあるいは簡単な処置くらいしたのかもしれない。
ただ、あの男は頼みの綱であるハルカたちから反感を買っている。それを考えると手を貸すのも難しかったようだ。
肩を貸している鍛冶師仲間も、慣れない山道をお荷物をしょって下るのは厳しいらしく、ひどく息を乱していた。
一行が止まったことに気が付き、彼らも足を留め、何を勘違いしたのか、ほっとしたような顔をしている。
しかしやがてその場の空気に気が付くと、くしゃりと顔をゆがめてハルカたちを見た。
沈黙はそれからもしばし続いたが、肩を貸していた若者の一人が息を整えてから口を開く。
「あの、進んでください! ベックさんが、かなり厳しくて、早く下山しないと!」
「……なんで?」
「なんでって……!」
腕を組んだコリンが端的に返答すると、驚いた顔をして反論をしようとし、そして押し黙った。
彼らだって状況がまるで分らないわけではない。ここで感情的になっても問題が解決しないことくらいわかっている。
「勝手についてきてる人たちにも言っとくけど、私たち何か出ても守らないからね。あなたたち冒険者でしょ。契約もしてない、仲がいいわけでもない他の冒険者利用するとか、殺されても文句言えないけどどうなの?」
集団の中にまとめ役がいないせいか、前に出て答える者もいない。
コリンの言うことは大げさなようにも思えるかもしれないけれど、実はそうでもない。
街を出る冒険者ならば、当然戦闘力を有している。真後ろから武器を持った十数人の集団が後ろをこそこそついてきていると考えるとわかりやすい。そんなもの賊と大差ない。
気の短い上級冒険者だったら身の安全のために、全員殺して山へ捨てていく案件である。
今この構図が成り立っているのは、ハルカたちの気の長さと、圧倒的な実力差によるものだ。不意打ちをされたとしても対応できるからこその緩さだ。若者たちはそれを理解せずに、生き残ろうという気持ちだけでついてきている。
本気で殺したり見捨てたりする気ならこんな話し合いの場なんて設けない。
要はどうやって折り合いつけるつもりなのかはっきりしろ、という交渉の場なのだけれど、立場の弱い方からしたらひどく緊迫した場面には違いないだろう。
「……金払うよ、払うから、せめてベックさんのこと治してくれよ!」
最初に声を発した若者はずいぶんと勇気があるようだ。
この沈黙を破るのも、人のために勝手に金を払う決断をするのも、なかなかできることではない。何かを決めることが得意でないハルカは、それだけで感心して何かしてあげたくなったのだが、当然コリンはそこまで甘くない。
「払うっていくら? 怪我を治す相場知ってる? それくらいだと、普通の人の半年分くらいの収入が飛ぶみたいだけど」
「さ、さっきだって、治してくれてたじゃないか……!」
「ああ、そうだったー。忘れてたのに思い出しちゃった。さっきハルカが治した人も、後で支払いの交渉する?」
藪蛇だった。
怪我を治してもらったものたちは、苦々しい表情で声を上げる若者を見たが、反論はしなかった。苦しい状況を救ってもらったのは事実だし、今生きているのが治してもらったおかげであるときっちり理解していたからだ。
「ど、どうしたらいいんだよ……」
鍛冶師たちがその場に座り込む。
コリンはその場から動かずに淡々と告げる。
「街から出るときは、どうしたらいい、って状況にならないようにちゃんと冒険者を雇うんでしょ。近くの狩場で狩りをするのに、五級から四級の冒険者。比較的安全な街道を旅をするのに四級から三級。じゃあ強力な魔物が必ず出るって分かってる場所には? 冒険者なら答えられるでしょ?」
「……三級以上です」
「あんたは?」
「五級です……」
「三級以上いるの?」
「いません」
「そもそもこの依頼ってギルドから出てた依頼?」
「違います」
「自殺しに来たの?」
次々に問い詰められて、どんどん小さくなっていった冒険者は、最後には返事もできなくなってしまった。
「偶然居合わせて助けてもらったのに、礼もなしで、お金も払わずに、当然みたいな態度をとってさー……。なんでどうにかしてもらえると思ったの? 舐めてるでしょ」
再びの沈黙。
頂上付近には、先ほどハルカが始末した大きな鳥の魔物がぐるぐると旋回している。時折今いる場所の方までやってくるのは、若者や魔物たちが流した血の芳しい匂いが集団にこびりついているからだろう。
ようやく立場をはっきりと理解した冒険者の数人が、こそりと話し合って深く頭を下げた。
「すみませんでした。必ず後で支払いをしますので、街まで同行させてください」
ハルカが傷を治した者たちだった。
支払額が手に負えないことになっている可能性があったとしても、ここでできることはハルカたちの機嫌を損ねないで一緒にいさせてもらうことだけだ。
それをきっかけに若者たち全員がばらばらと同じようなことを言いながら頭を下げる。
「モンタナ……、俺が悪かった。金なら何とかして工面する。頼むから、助けてくれ……」
最後に顔を真っ白にしたベックが、かすれた小さな声で謝罪する。
ただ助かりたいから謝っているようにしか見えなかったけれど、謝罪を引き出しただけでもまだましか。
コリンはそれでも不満そうな表情を浮かべながら、周りにわかるような大きなため息をついた。