図々しい
この辺には商人の姿がなさそうなことをモンタナが確認する。
モンタナが見つけられないのならば、すでに遺体になっているか、ここからきちんと逃げ出した可能性が高い。
そう判断したコリンは、さっさと魔物の肉を確保して山を下りることを決意した。
コリンの指示に従い、ハルカたちは障壁で作った箱の中に鹿の魔物の死体を放り込んでいく。腐らせるのももったいないからと、中に氷を作り出して入れた簡易保冷庫だ。
その間も若者たちはざわつくばかりで何の役にも立たなかった。
彼らが倒した魔物ではないのだから、勝手に肉を切り出したりしたらコリンはきっちり注意を投げただろうけれど。
一人生肉をかじっていたゴンザブローは、そんな光景を見ながらカランカランと一本下駄を鳴らして歩きだす。
「さぁてと、儂はあのちょび髭を探しに行くぞ」
「え、意外。師匠がそんなことするなんて」
「ん? 儂は魔物倒した分の仕事料貰いに行くだけじゃ。なんならお前らが倒した分も請求してやるんじゃ」
体を斜めに倒して飛び出していったゴンザブローは振り返って大きな声で告げる。
「街で合流じゃ! 約束忘れるでないぞ! ふはっ。ふははははは」
「一瞬見直しそうになった私が馬鹿だったかも」
あきれ顔のコリンは、ゴンザブローが去っていった方を見ながらため息をついた。
高笑いが山の中に響く。妖怪みたいな人だなぁと思ったハルカだったが、それは胸の内だけにとどめておいた。
そして自分もまた化け物か救いの神みたいな目で見られていることには、あまり自覚的ではないようだ。
「よし、それじゃ下山しよっかー」
「そうだな」
「いくです」
コリンがそのまま歩き出すと、そのあとにアルベルトとモンタナが続く。
「あ……、お、おい、ちょっと待てよモンタナ」
声を出したのは一人の若者だった。
名前を呼ばれたモンタナは振り返って立ち止まる。そうしただけで返事はしなかった。
ひきつった愛想笑いを浮かべながら若者は続ける。
「よ、よぉ、久しぶりだな。まさか、このまま置いてく、なんて言わねぇよな?」
「……登れたなら、降りられる、と思うですけど」
「いや、さっきみたいなのが出てきたらどうすんだよ。お前、冒険者になって強くなったんだろ、守ってくれよ」
それが当たり前だとでもいうかのような口調だった。
「誰だあいつ」
「昔の知り合いです」
「世話になった人?」
コリンの問いかけに、モンタナは沈黙したまま少し考えて、ゆるりと首を横に振った。
当時モンタナへの非難を繰り返していた工房の若者の一人だった。
妬み、憎しみ、怒り。その感情を目つきと、体中からあふれる魔素で表していた若者の一人だった。
帰ってきたときその姿がなかったことに、モンタナは少しほっとしていたくらいだ。
その若者の周りにいる数人も、自分の力量を過信して努力を怠り、機会に恵まれない理由をモンタナに擦り付けていた若者たちだった。
モンタナの目には、今も侮りや怒りの感情を交えて話す彼らの内心が透けて見える。
『なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか』
『どうしてやることなすこと上手くいかないのか』
そんな身勝手な恨み節が聞こえてきそうな感情の色をしていた。
「……モン君に嫌なことした人?」
モンタナは言葉を返さなかったけれど、答えはそれで十分だった。コリンがしゃべっている若者に厳しい目を向ける。
「あのさぁ、あなたたちお金持ってるの?」
「え、は?」
「だからさ、私たちを雇うようなお金持ってるかって聞いてるの。私たち冒険者だから、依頼にはお金を払うのが当然なの。知らない?」
「いや、はは。でも、知り合いだし……」
子供に言い聞かすようなコリンのセリフに、理由のわからない威圧感を覚えた若者は、内心をごまかしながら愛想笑いを浮かべる。
それでも、十は年下に見えるコリンに馬鹿にされていることへのイラつきは隠しきれていない。
そんな若者をコリンは鼻で笑った。
「ふーん、私はあなたのことなんか知らないけど。誰? 名前は? 資産は? 一級と特級の冒険者雇うだけのお金あるの? 歩いて下山したら二日くらいかかるけど」
「馬鹿にっ……!」
勢いよく叫ぼうとした若者の口を、周りにいたものたちが数人がかりで押さえ込んだ。直接話していた男は興奮して周りが見えなくなっていたけれど、周りにいたものはそうではない。
コリンやアルベルトが魔物を見るまに屠っていった光景を見たばかりだし、なんなら後ろで黙って鹿の肉を大量に確保しているダークエルフが、訳の分からない肉片を作り出したのだって見てしまっている。
そんな若者たちを、コリンは冷たい目で見て踵を返した。
「私たちは山を下りまーす。護衛してほしい人はちゃんと申し出てくださーい」
さっさと歩きだしてしまったコリンの後にモンタナが続き、アルベルトが一度だけ若者の集団の方を見て頬をかいてから、結局コリンの後に続く。
「な、なぁ、一緒に行ってもいいか?」
威勢のよさそうな若手冒険者がそんなアルベルトに声をかける。自分たちとほんの少し似た空気を感じたのかもしれない。
アルベルトは立ち止まらずに答える。
「知らね。交渉はコリンに任せてんだよな。あと一応言っとくけどな、魔物の糞になりたくなかったらとっととここから離れろよ」
「どういうことだ?」
「んなこともわかんねぇのかよ。血の匂いにつられて、すぐ魔物が集まってくるってことだよ」
物騒な事実だけを伝えて歩き出したアルベルト。そのあとを数人の冒険者たちがすっ転びそうになりながら慌てて追いかける。
着実に離れていくコリンたちの背中を見ながら、ハルカは困ったことになったなと空を仰ぐ。
全員連れておりる義理なんてないとわかっているのだが、先ほど折角助けた六人が
見捨てられた子犬のような眼で自分のことを見ているのに気づいてしまったのだ。
子犬にしては汗臭くて小汚いけれど。
残念なことにそれを振り切って歩き出せる鋼の心を、ハルカは持ち合わせていないようだった。





