印象の違い
五級や四級の冒険者というのは、多くの場合自分の力を過信している。
これまでは下積みばかりで、実際に戦闘能力を他と比べるような機会が少なかったので仕方がないことだ。
特にここグリヴォイの街では近くで参考になる上級冒険者が少ない。
他所から来た上級冒険者たちが彼らに戦う姿を見せることは稀だし、実力のある者はモンタナのように世界へ旅立っていってしまう。
そんな井の中の蛙に、他所から来た商人が夢のような話を吹き込んだ。
商人は時に褒め殺し、時にプライドを刺激するような挑発をして、若者たちを山へといざなった。
その結果がこれだ。
身の丈に合わない場所まで意気揚々とやってきて、当たり前に蹴散らされた。誰もが命の危機を感じ、魔物の恐ろしさを知り、逃げまどう間に冒険者をやめることを決意したものすらいた。
そして今、魔物よりも恐ろしいものを目の前にして、頭が真っ白になっていた。
圧倒的な力で自分たちを押しつぶそうとしていた魔物たちよりも、さらに大きく凶悪な見た目をした魔物が、たった一人の細身のダークエルフによって肉片に変えられたのだ。
しかもそれをもたらしたのは、よくわからない巨大な拳をもってただ殴るという動作一つだった。
アルベルトたちの働きだって、彼らからしたら神がかったものだった。
それでも、いつか到達できるかもしれないと希望を持てる程度の動きであった。助けられた欲目を含んで、ぎりぎり人間の域といったところか。
ハルカの動きは、そういうものから逸脱している。
まず攻撃が直撃したように見えたのに、身じろぎをしないのが異常だ。
実際はぎりぎりのところで障壁を張っていたのだが、彼らにはそんなことは理解できない。さらに付け加えるのであれば、張っていなかったとしても結果は大して変わっていないだろう。
加えて人の上半身ほどもある巨大な拳が出現したのが一つ。彼らの知る魔法にそんなものは存在しない。
そしてその重そうな拳が何の予備動作もなく振られ、ハルカの十倍近くは体積があろう魔物が、なすすべなく吹き飛び肉片に変わった。
ハルカ本人はいつもと変わらない。
手加減を失敗したことやぎりぎりまで接近に気づかなかったことを反省し、きまり悪げに振り返っただけだ。
しかしそんな内面を知らない者からしたら、ハルカは自分たちの想像の範疇外にいる化け物でしかない。どうにもならないと感じたとき、人は逃げ出すことすら放棄する。
近寄ってきたハルカは、そんな妙な雰囲気を流石に察知する。
唾をのむ音が聞こえそうな場を動かしたのは、いつもの通りアルベルトだった。
「あれじゃ熊肉食えなそうだな」
「すみません、とっさにやったもので……」
「まーまー、他にもいっぱいいるからいいじゃん!」
「確かに大量ですね。と、そんなことより怪我をしている人がいましたよね」
「ハルカ、こっちです」
モンタナはいつの間にかちょこまかと動いてけが人を集めていたらしい。人に紛れてハルカからは姿が見えないが、声を頼りに移動しようとすると、さっと若者たちが動いて道が開ける。
「あ、ありがとうございます……?」
軍隊並みの息のそろった動きにハルカは疑問を覚えながらも、その真ん中を歩いてけが人たちの下へ向かう。違和感を覚えて左右をこっそりと見ていると、それが何なのかすぐに分かった。
誰一人として自分の方を見ていない。
街を歩いているときなんかは、人の視線を集めることの方が多いので、ここまであからさまに見ないふりをされたのは初めてだ。
今回はさすがにその理由もなんとなく察しがついている。
改めて失敗したと思いながらも、左右の若者たちを脅かさない程度の早足でけが人たちの下へ向かう。
近くまで行くと、そこには体の一部を食いちぎられたものが数人集められていた。全員が激しく出血していて、ハルカが思っていた以上に重傷だ。
悠長なことをしている場合じゃないと駆けだしたハルカは、腹から飛び出すものを押さえている若者の下へ滑り込むようにしてしゃがみ、治癒魔法を施しながらモンタナへ声をかける。
「治癒魔法を使っています、助かりますから少しだけ我慢してください! モンタナ、この人を治したら危ない人から順に案内してください!」
「わかったです」
モンタナの見立てによれば、即座に命の危機がある者はいないのだが、ハルカの必死な声に押されてけが人たちに目を配る。
けが人は六人。一番の重傷者は今ハルカが治癒魔法を使っているから、あとはほんとに似たり寄ったりだ。小さな魔物の攻撃を防ごうと、やたらめったら振った手足の一部を噛みちぎられている。
ちなみに即座に命の危機はないが、ハルカがここにいなかった場合、再び冒険者として依頼を受けることは叶わない程度の怪我だ。下山状況によっては死の危険も十分にある。
それでも一応適当に順番を決めたモンタナは、ハルカが顔を上げるのを待って「次、この人です」とちゃんと次の患者を指し示してやった。
怪我の痛みに苦しんでいた若者たちは、ハルカのやらかしたシーンを見ていない。
励ましの言葉をかけながら治癒魔法を施すハルカの姿が、きっと輝いて見えたことだろう。
同じように助けてもらったはずなのに、人によって随分と印象が変わりそうな結果である。
「さぁて、大量じゃぁ。魔物肉もてるだけ持って下山しようかのう」
壁の向こうから人間離れした跳躍で戻ってきたのはゴンザブローだ。どの部位か知らないが生肉をかじっている姿は、はっきり言ってその辺の魔物よりよほど恐ろしい。
「しかしまぁ、惨憺たる結果じゃな。ま、弱い奴が集まっても弱いってことじゃ。……ところで、あの髭ちょびんがおらんな?」
無駄に若者を傷つける言葉を吐きながらあたりを見渡したゴンザブローは、最後に一つだけ大事なことを小さな声でつぶやいた。
どちらも耳に聞こえてきていたハルカは、せめて音量調節を逆にしたらいいのにと思いながら、最後の一人の治療を終えた顔を上げる。
ハルカは首を振って左右を見てみたが、確かに見える範囲に商人の姿はないようだった。





