分担作業
思ったよりも先に進んでいなかった商人と若者たちの背中が見えてくる。ちょうどここから遮蔽物がなくなる、くらいの場所だ。
ハルカはまだ襲われていないことに少しほっとしながら目を凝らす。
そしてどうやら動きが止まっているらしいことに気が付いた。
「……なんかの魔物の集団とにらみ合ってるです」
「丁度いい頃合いじゃったな。さて、何人死んでから乗り込むんじゃ?」
「誰も死ぬ前にです」
呑気な口調で殺伐としたことを言うゴンザブローに、ハルカは眉を顰めてから足を早めた。距離を詰めると、にらみ合っている魔物は昨日途中で見かけた、角が剣のようになっている鹿だとわかる。
刺激しないようにそっと近寄っていくと、ぴょうっと軽い音がして若者たちの集団から何かが飛び出した。
「あ、馬鹿あいつら」
アルベルトが呆れた声を上げたときにはもう遅かった。
弧を描いて飛んだそれは、ぷすりと一匹の魔物の尻に刺さる。
魔物が鳴いた。
馬に似た、しかしそれよりも低く、濁点を付けたような鳴き声だった。
そして地響きを立て、小石を蹴散らしながら一斉に若者たちへ突撃する。
真っ先に踵を返していたのは商人だった。
若者たちよりは危機管理能力がしっかりしているらしく、矢が飛んだ時には既に後ずさっていた。
数人が武器を構え前に飛び出し、半分が中途半端に下がりながら狼狽え、残ったものが後ろも振り返らずに散り散りに逃げ出した。
とてもじゃないけれど十数頭いる魔物を何とかできる陣容ではない。突撃の迫力だけですでに総崩れだ。
数百kgはあろうかという大きさの鹿だ。
一頭突っ込んできただけでも、下級冒険者がどうにかできるものではない。ここに至ってはわき目もふらずに逃げ出したものの判断こそが正しい。無謀な勇気は多くの場合若手冒険者の命を奪う。
これ以上勢い付く前に、とハルカは正面に広く障壁を張った。
魔物が次々に障壁へぶつかって止まると、さらに後続にぶつかられてその体をひしゃげさせる。
衝撃に強い障壁を作ったためか、先頭にいる魔物の角は障壁を突き破っていたが、そこから前に進めている個体はいない。
ただ、眼前に魔物の角が飛び出してきて腰を抜かして地面に座り込む若手冒険者は数人いるようだったが。飛び出したはいいものの、結局魔物の勢いにのまれていたから、ハルカがいなければ今頃物言わぬ肉片になっていただろう。
ハルカが正面の魔物に対応している間に、仲間たちは前へ距離を詰める。
逃げてきたものたちとすれ違うあたりで、茂みの方から悲鳴が上がった。
アルベルトが舌打ちをしながら叫ぶ。
「死にたくないやつはこっちにこい!!」
開けた場所で大剣を構えて仁王立ちしたアルベルトに、希望を見出したのか、一部寄ってきた若者たち。
その間にモンタナが悲鳴の下へ走る。
そして茂みの中に飛び込む前に、短剣をふるい茂みごと切り飛ばす。
血が飛び散る中、モンタナはその先を確認もせずに手を伸ばすと、触れた服を掴んでぽいっとアルベルトのいる方へ放り投げた。
いくら若者とは言え、モンタナの倍くらいは体重がありそうな男が宙を舞う。乱暴なやり方だったが、それしか方法がなかった。すでにその男の足首から下はなくなり、血が噴き出している。
男が空を飛んでいくのと同時に茂みから飛び出してきた小型の魔物が二体。そのどちらも一瞬で切り飛ばしたモンタナは、目を細めると茂みの中に迷わず飛び込んでいった。
モンタナの目には、まだ数人の若者の姿と、それを狙う小型の魔物の位置がはっきり映っていた。
時折飛び出してくる小型の魔物を、最初は弓で迎撃していたコリンだったが、矢の無駄遣いを悟ってやり方を変える。アルベルトがまとめて魔物を薙ぎ払った隙に手甲をはめ、あちこちにある茂みを睨む。
「こっち側は私が見るから!」
「任せた!」
背中を合わせる形でアルベルトと魔物の迎撃姿勢をとる。
一方ハルカは障壁の状態を確認していたが、何か妙な音が聞こえてきて視線を上に上げる。空に舞う巨大な影。鹿の魔物が仲間の死体を踏んで障壁を乗り越えてきたのだ。
また障壁で囲んでしまおうと思ったとき、いつの間にか付近から姿を消していたゴンザブローが大声と共に空を舞っていた。
「ふはっ、これは儂に任せろ!」
大きな魔物の影と小さなゴンザブローの影が交差する。
結果魔物は、首がひねられた哀れな姿で地面に胴体着陸することになった。
ゴンザブローの強さを再確認すると同時に、人にぶつからなくてよかったと思うハルカである。
そのまま障壁の向こう側へ消えたゴンザブローだったが、何やら楽しそうな高笑いと、悲鳴にも聞こえる魔物の声が聞こえてくるので問題はなさそうだ。
ハルカが地上に目を戻すと、どうやら小型ミサイルのように次々飛び出してくる魔物も大体討伐できたようだった。
茂みからぼすっと顔を出したモンタナが「ハルカ、後ろです!」と声を上げる。
アルベルトの周りに集まって安全を確保していた若者たちが、はっと息をのんだ。
誰もが手遅れだと悲痛な顔を浮かべる。
ハルカが振り返るとやたらと爪が鋭い熊のような魔物の腕が、すでに眼前に迫っていた。思わず一瞬目を閉じながらも、ハルカは冷静に対処する。
障壁で防御、右手に巨大な拳を模した岩の武装、そしてそれを体をひねりながら、力技で無理やり振り抜く。
鈍い音がした。
そしてこの山で見た中で最も大物であったであろう魔物の体が吹き飛ぶ。何度かバウンドし、やがて血の道を作りながら小さくなっていったそれは、低木を数本へし折りながら随分と遠くまで転げ落ちる。
ようやくその動きを止めたころには、体積はずいぶんと小さく変わり果てた姿となって、もはや元が何であったかわからなくなっていた。
ちょっと力の加減を間違えたことを確信したハルカは、さっと拳の武装を解いてからそろりと振り返ったけれど、そんなことしたって手遅れだ。
睨みを利かされたかのように感じた若者たちは、ハルカと目を合わせないようにしながらその場に立ち尽くし息をのむことしかできなかった。





