依頼人について
「私の名前はギーツ=フーバー。ドットハルト公国で男爵位をもつフーバー家の嫡男だ。君たちの名も教えてくれたまえ」
それぞれの名乗りを聞いて、ギーツはうなずいた。
「うん、実は最近護衛に良さそうな冒険者を調べていたから、名前は知っていたのだけれどね」
貴族にしては偉そうな様子ではないとハルカは思っていたが、よく考えてみれば今まで貴族と会話したことなどないことに気づく。偉そうにする貴族なんて物語の中にしか存在せず、実際に話してみれば案外こんなものなのかもしれないと思い直した。
「私はこちらのオラクル総合学園を今年で卒業することになってね、今は十九歳だ。四年で卒業するのだから、まぁそこそこ優秀なのさ。父上にね、卒業前に婚約者との顔合わせも兼ねて武闘祭に出席するように言われているのだよ。そこに間に合うように到着したいのだが、お願いできるかな?」
ハルカはちらりと地図に目を落とす。順調にいけば十日もあれば首都シュベートへ到着することができる。
「今日から数えて何日間の猶予がありますか?」
「そうだな……、十五日くらいだろうか。遅くとも二十日以内には到着したい。時間には余裕があると思うのだが、どうだ?」
「そうですか、ではギーツさんは旅に慣れていますか?」
「……も、もちろんだとも。栄えあるドットハルト公国の貴族たるもの、野営や旅ができないはずがなかろう?」
「そうなのですか、失礼しました。では戦闘などはできますか? 例えば魔物や、盗賊など相手にですが」
ちなみに私は盗賊相手はまだ自信がありませんけど、とハルカは心の中で思う。
「当然……、当然だな。フーバー家もまた、ドットハルト公国に連なる武門の家柄だ。戦う術を持たぬものなどいるはずがない。そういった質問は我が国の貴族にとって無礼に当たる。気をつけたほうがいいぞ」
「それは大変失礼いたしました。ギーツさんの安全は最優先としますけれど、何かあった時のために確認をしておきたかったものですから。以後気をつけるようにします」
どもる様子や、不自然に強気に出てくる様子を見て、なんだか怪しいなぁとハルカは思ったが、強くツッコミ入れずに謝罪をした。クライアントの嫌がることをしつこく尋ねるのはマナー違反だろうと判断したからだ。
「そうしましたら依頼書を作成していただけますか? そこに私たちを優先して指名することを書いていただければと思います。依頼書の条件を確認して、受諾するか決めますので」
「今ここで受けると約束はしてもらえないかい? 依頼書は出したくない事情があるのだが……」
渋い表情を浮かべながらギーツが尋ねるのに、ハルカの心の中に疑念が湧き上がってくる。自分の国に帰ってから契約を反故にするつもりじゃないか、とか、何か良からぬことを企んでいるのではないかという疑念だ。仲間のことを考えると、そんなリスクは背負いたくない。
「……そういうことでしたら、依頼は受けかねます」
態度と言葉を今まで以上に固くしたハルカに気づいたのか、ギーツは慌てたように手を振る。
「いや、別に悪巧みをしているわけではないのだ。そうだな、怪しいな。いや、大丈夫だ。ちゃんと依頼書を作成してくる。ただ、ちょっと変な条件をつけるかもしれないのだが、受け入れてもらえると嬉しい」
ギーツは慌てたまま早足で受付へ向かい手続きを始めたようだった。その変な条件とやらが依頼を出したくない理由と関係しているのだろうか、とハルカは首を傾げる。
想像しても答えはわからなかったので、ハルカはパーティの仲間に目を戻すと、なぜかアルベルトとコリン、それにサラがキラキラした目で自分を見ていることに気づいた。
「な、なんですか? あ、勝手に依頼の話を進めてすみません」
「あ、いいのいいの、ああいうのはハルカに任せるって前から決めてたし」
とコリンがニコニコしながら返事をする。
「それにしても……、ハルカってああいう会話をしているとかっこいいわよねぇ」
「ほんとです、さすが私の主人となる人です!」
「普段とぼけてることのほうが多いのになぁ、不思議だよなぁ」
間に妙な台詞が混じったが、どうもハルカのやりとりを見て一様に感心しているようだった。
「俺もビシッと言ってみてえなあ、依頼は受けかねます、とか!」
キメ顔で真似をするアルベルトを見て、ハルカは自分の顔が赤くなっていくのがわかった。褒められ慣れていないし、自分で意識していなかった部分を称賛されるのは妙に気恥ずかしい。
「こんなにちゃんとしてるのに、なんで知り合い相手になると隙だらけになっちゃうのかしらね」
コリンの鋭い一言に、ハルカは思い当たる節があって、目を細めてギーツの方を見ているふりをした。
「あの人ですけど……」
静かにしていたモンタナがギーツを見ながら口を開いた。
「このテーブルに座った頃から、こっちの様子を窺ってたですよ。たぶん声をかけるタイミングはかってたです」
「ドットハルト公国に行くって聞こえたから声かけてきたんじゃなくてか?」
「じゃなくてです」
アルベルトの疑問にモンタナが頷く。
「確かに、こっちの冒険者ランクとか確認もしなかったし、ちょっと怪しいわよねー? でも事前に護衛してくれそうな冒険者調べてたとも言ってたし、それでじゃない?」
そう言いながらも、コリンはギーツの後ろ姿をじーっと見つめた。
ハルカも怪しさは感じていたが、出自もはっきりしているようだし、大丈夫ではないかなと、考えていた。流石に貴族を名乗っておいて、ひどい詐欺行為をするとは考えにくい。
「私たち、この国に入ってから結構目立っているから、調べやすかったのかもしれません」
ハルカはそう言ってサラの方を見る。サラは目が合うとニコリと笑い、「なんでしょう?」と返事をする。ハルカは「いいえ、なんでも」と答え首を横に振った。まさか君達のせいで、と言うわけにはいかない。
「でも、心配だったら彼について少し調べてみましょうか? 評判とか……」
コリンが「さんせーい」と楽しげに手を挙げると、他の面々も賛成の意を示す。
急に上がった声にギーツは何事かと振り返るが、楽しそうにワイワイ話しているだけなのを見ると、すぐに手続きに戻った。
まさか自分の素行調査が行われることが決定したとは、露ほども思っていなかった。