山登り見守り隊
アルベルトの肉体言語というか、拳によるコミュニケーションは、どうやらブロンテスにとって良いように作用したようだった。
幾分かすっきりした顔をしている。
言葉よりも拳が解決することもあるのだと、初めて実感して、ハルカは複雑な気分でその顔を見上げた。
しばらく話を続けて、きりのいいところでアルベルトはあくびをしながら体を伸ばした。すっかり夜も更けており、明日活動するというのなら休むべき時間はとうに過ぎている。
「そろそろ休みましょうか、明日は早くから動かないといけませんし」
魔物に襲われているところを助けに入る算段で、その前にはこっそりゴンザブローとコンタクトを取らなければいけない。朝一番で集団を見つけて機会をうかがう必要があるだろう。
「そうだな、つい長話になってしまった。……ところでヘカトルはどうするんだい?」
床に丸まって寝ている鉄羊を見てブロンテスが尋ねると、アルベルトが腕を組んで体を逸らして言った。
「飼う」
「話によれば登山しているものたちはこの子たちを探している可能性もあるんだろう? 連れて歩かないほうがいいんじゃないかな」
「目立つしねー。本当に連れ帰っていいなら、帰り際に迎えに来るとかでいいんじゃない?」
「ですね、まずは依頼を何とかするです」
「ふむ、もう一度ここに来るということだね。わかった、待っているよ」
まずもって本当に連れ帰っていいのかなという疑問がハルカにはあったのだが、他の全員がそれを当たり前のように感じている。そういうものなんだろうかと思いつつ、ハルカは口を挟まなかった。
「寝床を用意してあげたいところだが、生憎君たちの大きさ用のベッドはなくてね。この建物を好きに使っていいのでゆっくり休んでほしい。あ、ただしあれこれ触らないでほしいかな。誤って押すと危険なものもあるから」
普通に忠告したつもりのブロンテスだったが、触るなと言われると気になってしまう子供のような青年がここにいる。目がきょろきょろと動き始めたことにコリンは即座に気が付いた。
「野宿しまーす。何触ったらいけないかわからないし」
「いやいや、そうしたら、そうだな……。この部屋をそのまま使ってくれたらいい。朝早いのなら私は寝ているかもしれないから、挨拶なしで出ていって構わないからね。またすぐ来そうな話だったし」
「わかりました。あ、そうだ……。次にここに来るときに、何かお土産で欲しい物とかありませんか?」
部屋から出て行こうとしているブロンテスの背中に、ハルカはせめて何かと思い声をかける。
ブロンテスは振り返りしばし悩んでから、遠慮がちに言った。
「そうだな……。どんなものでもいいから、ドワーフの打ったものを一つ。高価なものでなくていいから持ってきてもらえないかな」
「……わかりました。楽しみにしていてください」
「ありがとう、おやすみ」
扉をくぐりブロンテスが姿を消す。
「やっぱり、寂しく思ってるですね」
「……そうですよね、長いことたった一人で暮らしているんですから。思えばカーミラも寂しがり屋ですものね」
「私無理かもー……。誰かほかに人がいないとすぐ嫌になっちゃいそう」
ハルカたちが話をしていると、アルベルトは床に放り出されているクッションに寝転がって大あくびをして言った。
「また遊びに来てやろうぜ。ここ面白ぇし」
「そですね。そんなに遠くないですし」
徒歩で十日、山登りに数日。普通ならば片道二週間かかる場所でも、ナギが本気で飛ばせば片道二日程度だ。平時であれば惜しむほどの時間ではない。
全員が大きなクッションに集まってごろりと体を横たえる。
冒険者は休むと決めれば寝入るのは早い。
床は固くても風がなければそれで十分良い環境だ。広い部屋にはすぐに四人の寝息が聞こえ始めるのだった。
前の晩に話した通り、日が出る前に目を覚ましたハルカたちは、登山組がいる場所に大体のあたりを付けて速やかに楽園を後にした。
見つからないように一度ぐるりと下手へ回り、それからゆっくり頂上に向けて移動する。
そうして岩肌がちらほらと見えるようになったあたりで、ハルカたちは一行の姿を見つけることができた。
それなりに年老いているはずの商人が元気に先頭付近を歩き、幾人かはずいぶん疲れた顔で足を引きずっている。人数を確認すると一人足りなかったが、どうやらそれは若手たちではなくゴンザブローのようである。
「まっずいかも」
コリンが言った直後、風を切る音がして障壁の真下に何かが衝突する。
ハルカが慌てて位置を動かして確認するが、すでに石がどこから飛んできたのかはわからない。
「あそこの木の陰にいる、と思うです。纏ってる魔素がすごく少なくて見つけ難いです」
「師匠だと思う、ちょっと待って、顔出してみるから」
コリンが顔を出して、モンタナがいると言った場所に向けて大きく手を振る。すると草むらががさりと動き、木の上にゴンザブローが姿を現した。まるで大地に立っているかのような安定感で、大きく体を逸らしてこちらに手招きをしている。
「……おりましょうか」
「先に見つかっちゃったかー……、やっぱゴンザブロー師匠ってただものじゃなさそうだよねー……」
「化け物爺」
「聞こえてるかもよー?」
「さすがに聞こえねぇだろ」
「聞こえとるぞぉ」
「……やっぱ化け物だろ」
「捻るぞクソガキぃ」
アルベルトは嫌そうな顔をしているけれど、降りないわけにはいかない。
ハルカはゆっくりと高度を下げていくと、途中で足場を蹴り飛ばしてゴンザブローが障壁に飛び乗ってくる。
「よっと、こそこそしてるのがおると思ったが、コリンの嬢ちゃんたちだったか。さぁて、何企んどるんじゃ」
怒る、ではなく、ニヤついた顔で尋ねてきたゴンザブロー。
しかしそれは笑顔というよりは、動物が他を威嚇するときに浮かべるものに酷似しているようであった。
 





