はじまりの破壊者
ブロンテスは大きな目玉を左右に何度か動かしてから、指を組んで体勢をやや前へ傾けた。
「当時人族が魔素を動力とした魔道具作りに傾倒していたのは確かだ。種族の中でも変わりものは未知なるものを生み出す人族に憧れ、故郷を飛び出してそのあとを追った。人族はそんなものたちを簡単には受け入れなかった。しかしそれでもあきらめずに研究を続けたものたちがいた。一つ目の愚かな巨人に率いられた彼らは、自らを【はみ出し会】と名乗り、いつか目を見張るような研究結果をもって人族に認められることを夢見ていた」
語り出した言葉は、どう考えてもブロンテスの身の上話だ。特に巨人、つまり自分のことを辛辣に語るあたり、悔恨の出来事が語られるであろうことが推測できた。
「偶然にも魔素を見られる鉱石を生み出した【はみ出し会】は手を叩いて喜んだ。残念ながら再現性がなかったから、発表するわけにはいかなかったけれどね。しかしお陰で我々は、魔素がたっぷりとあふれ出る良い研究所を手に入れることができた。それがここ、楽園だ。火山としての活動をしていないこの山の頂上には、当時から変わった動物がたくさん住んでいた。濃密な魔素が生き物を変容させるのではないかと気づくまでにはさほど時間がかからなかった」
時折微笑んだりため息をついたりしながら話は続く。
失敗、挫折、小さな成功と、また失敗。事故や、寿命で命を落とした仲間。それでも研究がすこし進むたび【はみ出し会】は互いを励まし合ってやってきたのだという。
魔素による生き物の変容の研究。魔素による植物の繁栄の研究。そして魔素を貯蔵する方法の確立。
「夢の技術だった。これまで漂う魔素を利用していたため、出力を一定以上に上げられなかった魔道具の制限がなくなった。称賛された、認められた、地位を得て人々の中に交じって楽園での研究をやめたものもいた。それでもいいと思っていたよ、夢がかなったのだから。残念ながら私は体が大きいから、街で暮らすのは難しかったけれどね。それでも嬉しかったなぁ、仲間たちが迎え入れられる姿を見るのは」
ブロンテスが空を見上げたことではじめて、ハルカは日が随分と傾いてきていることに気が付いた。【はみ出し会】の軌跡は、聞いている方ですら夢中になれるような努力と成功の物語だった。
ブロンテスは長く沈黙し、目を閉じたままゆっくりと俯いた。
自らのへそを見るように丸くなったブロンテスは、ようやく暗い声を絞り出す。
「…………魔素の貯蔵は戦う技術を進歩させた。魔素による変質の研究結果は、破壊的な生き物の作成に利用された。人族に馴染んだはずの【はみ出し会】の仲間たちは、一人、また一人と連絡が取れなくなり、いつの間にやら人族は自分たち以外の殆んどの種族を支配するために動き出していた。それどころか、人族同士で酷いいがみ合いを始めた。毎日世界で数え切れぬほどのものが命を落とした。魔素による変質で狂暴になったものもいた。私がここで呑気に鉄羊と戯れている間に、世界はすっかり取り返しのつかないことになっていた」
震える声、白くなるほどに握られた拳。
ブロンテスの後悔と自分への失望や怒りがそこに込められていた。
「耳を塞ぎ、人を恨み、楽園で小さくなって頭を抱えた。目を閉じている間にも状況は悪化し続けた。何もできなかったのではない。これ以上何かをするのが恐ろしくて仕方がなかった。正直で実直なドワーフたちのお陰で、立ち直った頃には、本当に私ができることなど何もなくなっていた」
扉が開く。
アルベルトが鉄羊の一匹を小脇に抱えて自慢げな顔をして立っていたが、部屋の中の妙な雰囲気を察して固まった。なんだか少し変な臭いがするのは、アルベルトの服の裾が少し焦げているせいだろう。
アルベルトはそっと鉄羊を床に下ろしたが、鉄羊はアルベルトのそばから逃げ出そうとはしなかった。
そっと扉を閉じて歩く後をついてくる。
四時間ほどかけて、どうやら一匹懐かせてきたらしい。
アルベルトが座ったのを見計らったわけではないだろうが、丁度そのタイミングでブロンテスがまた口を開く。
「………人族が減ったのも、魔物がはびこったのも、アンデッドなどというおぞましいものが生まれたのも、私たちが破壊者と呼ばれるようになったのも、全てこの私のせいだ。私こそが破壊者の最たるものだ。私がこうしてここで生きているのは、神を名乗るものから『もう少し生きてみろ』と言われたからに過ぎない。寿命が訪れぬところを見ると、きっとあれは本物だったのだろうな。自らの行いを省みて、後悔し続けることこそが私が生かされている理由に違いない」
ブロンテスの話は終わった。
最後だけ聞いていたアルベルトには意味が分からなかったけれど、物騒なことを言っている割に敵対意思がなさそうなことはわかる。
あまりに悲壮な表情をしているブロンテスを見上げると、アルベルトは隣にいた鉄羊を抱えて語り掛ける。
「なぁ、こいつ気に入ったんだけどうちで飼ってもいいか? びりびりすんの結構強いし」
「…………ヘカトルがいいなら私は構わないけれど、その、いや、なんでもない」
「こいつヘカトルっていうんだな。みんな似たような顔してんのに見分けついてんのか? それとも全部ヘカトルって名前なのか?」
「いや、見分けはついている。その鉄羊がヘカトルという名なんだ」
「ふーん、すげぇじゃん。……なんかよくわかんねぇけど、お前は破壊者って感じしねぇけどな」
沈黙。
研究者に囲まれた人生を送ってきたブロンテスにそんな対応をしてくるものはいなかったのだ。感性だけで語るアルベルトにブロンテスは困惑する。
「あー……いっちょ殴り合いでもするか? 体動かしたら案外すっきりするかもしれないぜ」
ドワーフたちは正直で実直だったが、恩人であるブロンテスに手を上げるなんてことは絶対になかった。いくらドワーフと言えど、敬う相手に殴り合いを提案する馬鹿はさすがにいない。
「よし、わかった、殴ってやる」
腕まくりをして立ち上がったアルベルトだったが、一歩踏み出したところで、流石にハルカにその腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっと今、そういうのではないと思うので……」
「何がだよ、あいつの顔見てみろよ。殴ってほしそうな顔してんだろ」
「アル、それ私には全然わかりません」
生憎だがハルカは肉体言語検定を受けたことはないし、学んだこともない。
そんな圧倒的蛮族言語は、これから先も学ぶ予定はなかった。





