友達になれるかな
ハルカは今の世界のことを事細かに話す前に、一度だけモンタナの方を見やる。
モンタナはじっとブロンテスを見上げ、ハルカに一度だけ頷いた。
ハルカが会話の端々からブロンテスを善人であると判断したように、モンタナのその目もこの紳士な巨人に嘘はないと見たようだ。
ハルカは知っていることを話す。
大陸と各国の傾向。物流と世界の文化レベル。冒険者と戦い。宗教と歴史と神への認識。
ハルカが本から学び、世界をめぐって見てきたものを自らの意見を交えないよう気を付けながらブロンテスへ伝える。それが手土産になると言ってくれたのだから、ちゃんとした贈り物にしたかった。
途中から目を閉じて聞いていたブロンテスは、ハルカが話し終えてからもじっとその姿勢のまま動かずにいた。もしや眠ってるのではないかと疑い始めたころ、その大きな一つ目が開く。
「どうやら外には出ないほうがよさそうだ」
「……はい、私もそう思います。もしあなたがここにいることが世間に知れれば、かなり面倒なことになるでしょうね」
「ドワーフが君たちをよこした理由も分かった。では改めて問うが、君たちは私を討伐しなくていいのかな? そういう世界なのだろう?」
「世界的にそういう流れにあることは確かです。しかし人の中にも破壊者が必ず敵対的であるとする考え方を疑っているものもいます。私には破壊者と人の間に生まれた友人がいます。他にも吸血鬼、リザードマン、ハーピーで親しくしている方もいます」
「穏やかではないね。世界的に信じられる考えをひっくり返そうとしているのかい? もしかして君たちは私にその助力を求めてきたのかな?」
「いいえ、そんな大それたことは考えていません。ただ、話せばわかり合える人たちと殺し合わなければいけないようなことはごめんです。あなたに会いに来たのは、最初にお伝えした通り、話してみたいと思ったからです」
ハルカは嘘偽りない言葉を、できるだけ虚飾しないように気を付けながらまっすぐ伝える。ブロンテスの『助力を求めてきたのか』という問いかけに、そうしなければいけないような重さを感じていた。
大きな一つ目と見つめ合いながら、ハルカはさらに言葉を続ける。
「私の知っている巨人は、人を叩き潰し、串刺しにして食らうものでした。私はそこに会話の余地を感じませんでした。ですから余計に、ブロンテスさんが穏やかな巨人であると聞いたとき、話せるものなら話してみたいと思いました。なぜそう思ったのかは私にもわかりません。もしかしたら古くから生きているあなたの話を聞いてみたいというだけの好奇心だった可能性もあります」
「……色々話を聞かせてもらったのだから、そちらも好きなことを聞いてみるといい。折角のお客人なのだから、答えられることは答えよう」
真剣なまなざしをしていたブロンテスだったが、ふいに息を吐くと微笑んでそう告げた。
特に何を言うでもなく高い天井や、大きな調度品を気にしていたアルベルトは、その言葉を聞くや否や手を挙げた。
「な、な! 鉄のうんこする羊がいるってホントか?」
「ホントだとも。正確には鉄を多分に含んだ排便をする羊がいる、だけれどね。外にうろついていなかったかな?」
「お、やっぱあれがそうなんだな、見てきていいか!?」
「いいとも。でもあまり近づいてはいけないよ。あの子たちは見知らぬものが近づくと力を合わせて攻撃してくるからね。パチパチと変な音がし始めたらすぐに離れなさい」
「わかった、ちょっと行ってくる!」
説明の途中ですでに席を立っていたアルベルトは、早足で移動して、部屋の巨大な扉を押し開けるとそのまま外へ出て行ってしまった。体よりも圧倒的に大きな扉を平気で開けて出て行ったアルベルトを、ブロンテスは目を丸くして見送って呟く。
「落ち着きがないわりに、彼もまた実力がある戦士のようだね」
「質問あるです」
今度はモンタナが手を挙げた。
「いいとも」
「鍛冶をするですよね?」
「ああ、実験の一環としてね。鍛冶自体の腕に関しては、ドワーフたちの方が上のはずだよ。私がやっていたのは、いかに鉄に魔素を込めるかの実験だ。私が生まれるよりはるか昔の時代には、どうやらそんなとてつもない技術によって作られた魔法のような武器があったそうなんだ。私がやっているのはその真似事だね」
「ブロンテスさんが生まれるよりずっと前?」
ハルカたちからすると千年前だってずっと前だ。コリンが思わずオウム返しの質問をすると、ブロンテスは大きく頷いて答えた。
「そう、私が生まれるよりずっと前だ。どうやら数千年に一度、この世界は変革を迎えて生き物が減っているようでね。私の時代に生きた多くが死に絶えたように、それよりも前の時代にも似たようなことがあったようなんだよ」
「たしかにそのようなことを岳竜グルドブルディン様が言っていたような気がします」
「……さっきも気になったのだけれど、そのグルドブルディン様というのは、ここのような魔素だまりに居座っているとてつもなく巨大な竜のことで間違いないかな?」
「ええ、そうだと思いますが……」
さすが太古の昔から生き続けてきた真竜だ。千年前の時点でももしかしたら今と大して変わらぬ大きさだったのかもしれない。
「……私はたまたまここの魔素だまりを見つけて住処にしたが、当時から魔素だまりには既に恐ろしく強く理不尽な竜が住んでいてね。あの巨大竜は、当時の技術をもって攻撃してもびくともしないどころか、大あくびをしたかと思ったらそのすべてを薙ぎ払ったというよ。他にも島国には嵐を起こす竜が。私の故郷の近くには、全てを凍らせる竜が住んでいた。思えば私が魔素の研究に没頭したのも、竜の存在を知ったからだったかもしれないなぁ」
なんとなくグルドブルディンの言っていたことが裏付けられるような話だった。そこでハルカはふと、もう一つ他の言葉を思い出す。
「グルドブルディン様は、前の時代の人のことをこうおっしゃっていました。魔素を動力として扱うことにたけていたけれど、最後には貯蔵した魔素をぶちまけて人の住めない土地を作ってしまったと。ブロンテスさんはそのことについて何かご存じでしょうか?」
質問を受けてブロンテスは視線を横にずらす。それはこれが聞かれたくなかった話であろうことを一目で察せる、非常にわかりやすい表情だった。





