知らないことばかり
山の麓からほんの少し入ったあたりで、焚き火をして休む集団を見つけた。暗くなってから進んだところで大して距離も稼げない上、夜は獣たちの時間になる。
深入りしなかったのは正しい判断だろう。
ペースにもよるが、丸一日かければ、おそらく山の中腹あたりまで進める。そこで安全な場所を探してから、魔物が頻出する地帯を慎重に登り、明後日の夕暮れ時には山頂へ、といった計画だろうか。
つまりまだまだ時間は十分にあるということだ。
ハルカは月の光を遮らないような位置どりで障壁の高度を落とす。
十分な距離をとっているから見つかる心配はない。
「思ったより進んでねぇんだな」
ハルカも似たようなことを考えていたが、モンタナがそれを否定する。
「普通こんなもんです」
初めて歩く土地で周囲の警戒をしながら進むのだから、彼らが特別遅いわけではない。ハルカたちはモンタナに先頭を任せてスイスイ進んできたから、感覚がずれているのだ。
今となってはナギを連れ歩くことが増えたので、普通危険とされるような生き物たちがあちらから避けていく。
特級に打ちのめされた記憶はあれど、普通の旅において苦労したことがないというのは、ある意味このチームの弱点といえるかもしれない。
いびつな成長でも着実に進歩していることだけは間違いないのだけれど。
ハルカは大木の上に障壁を浮かべると、振り返って仲間たちと向き合う。
月明かりが十分に届く場所ならば、他に光源はいらない。
「どうしましょうか? 私は先回りして地形や魔物の分布を確認しておいてもいいかと思っているのですが」
「私もそれでいいと思うけどー……」
コリンが横目でアルベルトを見たのにつられて、ハルカもそちらへ眼を向ける。
「時間、あるんだよな。先に頂上に行こうぜ」
「だよねー……。でもさー、長いことドワーフの人たちとも交流してないわけでしょ? いきなり行ったら驚くんじゃない?」
「どう行ってもいつ行ってもいきなりなんだから仕方ねぇじゃん」
確かにどことも交流を持っていない以上、アルベルトの言うことももっともだ。変なところで頭が回る。
「行かないって選択肢はないの?」
「気にならねぇ? 長生きの巨人だぞ、しかも鍛冶するし、鉄のうんこする羊もいるんだぞ」
「そのさー、羊にこだわるのなんなの」
「見たことねぇし気になるじゃん」
ハルカとしても巨釜山の天辺の様子は見てみたい。
元の世界にいたころには、空中都市と呼ばれる遺跡があったが、テレビで見るだけでも素晴らしい絶景だった。そこに不思議な生き物がいて、長く生きる友好的な破壊者がいるのだ。
言い訳のようではあるが、コーディとの約束もあるし、その巨人とは言葉を交わしてみたほうがいいように思えてしまう。
おそらく原始の時代から生きている岳竜グルドブルディンは言った。
破壊者たちは、人間と相いれないことはあるけれど、同じ人であると。
圧倒的な強者の言うことであるから、それが本当に人や破壊者の価値観と結びつくわけではないだろうけれど、グルドブルディンの言葉に嘘はないはずだ。
人が好きなイーストンや、争いが嫌いなカーミラ、それに勇敢なリザードマンに、ちょっと間抜けなハーピーたち。そのすべてを敵としてみなければいけない今の情勢は、ハルカも今一つ納得がいっていない。
コーディではないけれど、自分が視野を広げることで、何かそれを変えていくきっかけになるのであれば、少しくらい挑戦してもいいのではないかという気になっている。
それに、長命種と触れ合うことで新たに得られる情報もある。
グルドブルディンの話によれば、やはりハルカは神となんらかの関わりがあることがわかっている。
今更それを知ってどうしたいわけではないけれど、なぜ自分がここにいるのかという理由くらいはっきりさせたい。
つまるところ何が言いたいかというと、ハルカもまた、明日地形などを把握しながらそのまま頂上まで飛んでいって、ブロンテスという巨人と話してみたいと思っている。それだけの話だった。
「はーい、じゃあまあ、明日の予定は決まり。適当に休んで、朝一番で地形の確認して、魔物のいる場所とか調べてそのまま頂上ね」
何も言わずに考え込んでいただけのハルカだったが、いつの間にか話が進んでいるようだった。考えている間ずっと山頂の方を向いていたハルカの意思など、聞くまでもなくコリンには察することができてしまった。
話もせずに山頂を見ているモンタナも同様だ。
コリンも変わった話がまるで気にならないわけでもないので、強く反対したりせずに方針決定というわけである。
「じゃ、寝るですか」
「どうします? 地面に降ります?」
「んー、火は起こさないで降りよっか」
「野生動物来るかもしれねぇぞ。あいつらが盛大にやってるから、気が立ってるかもしれねぇし」
「それなら……、私とモンタナが分かれて夜番しましょうか。モンタナなら暗くてもわかるでしょうし、私はあらかじめ周囲に障壁を張っておけばいいですから」
「ん、じゃあそれでー」
ハルカは話をしながらゆっくりと障壁を地面へ降ろす。
かさりと葉を揺らす音がして接地したところで、それぞれ障壁から降りて、手早く自分たちの休める場所を確保する。木の根を避け、邪魔になる石を手探りでどけたら、それで休む準備はもう終わりだ。
「先、見張りするです」
「じゃ、俺も起きてるか」
「よろしくー」
「わかりました、適当な時に起こしてください」
男二人がそう申し出たので、コリンとハルカはさっさと荷物を枕に地面に寝転がる。ハルカはローブをしっかり前止めし、コリンはマントにぐるりとくるまって、ハルカに背中を寄せた。
まぁいつものことなので、ハルカも背中を合わせるようにして横向きに休む。
それほど寒い季節ではないが、外で感じる人の体温は不思議と安心するものだ。
ハルカは明日会うことになるかもしれない一つ目の巨人を思い浮かべながら目を閉じる。山は頂上に向かうほど岩肌が多いように見えたが、楽園は一体どうなっているのだろうかと思いをはせる。
想像を膨らませているうちに、背中に少し重さを感じて、コリンが眠りに落ちたことが分かった。
考えているといつまでも休むことができない。
思考を止めてぼんやりと背中の温かさだけを感じているうちに、ハルカはいつの間にやら眠りに落ちていたのだった。
 





