人柄
街の外へ出て少しだけ道をそれると、かがり火が数本焚かれ兵士が立っており、その中心に小山が見える。たまにちらりちらりと兵士が振り返って、その小山を確認するが、これといった異常はなさそうだ。
ここの警備を任された兵士たちは、初めのうちこそ緊張していたが、今では街の警備と変わらないくらいの感覚で仕事に立っていた。むしろ珍しい仕事をもらったことを家族に自慢できると、少し喜んでいるものすらいる。
そんな平和な警備体制の正面から、四人の人影がやってきた。不思議な光の玉を正面に浮かべているので、すぐにはっきりとその容貌を確認することができた。どうやら昨晩もやってきた、この小山こと大型飛竜の主たちが戻ってきただけだとわかり、兵士たちも肩の力を抜いた。
「夜遅くまですみません。これ、良かったら召し上がってください」
やけに腰の低いダークエルフが、良いにおいをさせる包みを近くにいる兵士へ差し出してくる。特級冒険者と聞いて、昨日は大型飛竜の警備と同じくらいに緊張していた兵士たちだったが、穏やかな物言いと整った容姿にすっかりほだされてしまっていた。
本来仕事中に付け届けなど受け取るわけにはいかないのだが、オルメカ伯爵から、あちらの要求はできる限り飲むように言い渡されている。
「わざわざお気遣いいただきありがとうございます。ナギ殿にも異常ありません」
「ナギ殿なんてそんな……。ナギ、良かったですね、優しい人たちが警備してくださっていて」
喉を鳴らすような低い音がナギから響くと、ハルカがふっと表情を緩める。
「眠そうですね。ナギ、ちょっと出かけてきますが、兵士の皆さんと仲良くしていてくださいね」
もう一度返事があったのを確認して、ハルカは兵士たちにまた頭を下げる。
「ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」
「いえ! ナギ殿は何をするでもなくおとなしく周りを見ているだけですので。いざ有事となれば、私たちよりナギ殿の方が頼りになりそうですし……」
「いえ、そんなご謙遜を。それでは、失礼いたします」
謙遜なんかではない。
人間の兵士の渾身の一撃と、ナギによる猫パンチ、もとい竜パンチをぶつけ合わせたら、後者の方が圧倒的に強いのはわかりきっている。
それを冗談を言っているくらいのノリで済ませるのだから、この主だってやはり特級冒険者なのだと兵士は改めて自覚をした。しかし、居丈高にふるまったり、兵士のことなんか意にも介さない上級冒険者が多い中、こうして穏やかに会話をしてくれるだけ好印象なことには変わりない。
兵士たち一行は暗闇を照らしながら道を進んでいくハルカたちを見送ってから、ぽつりぽつりと会話をする。
「いいよなー、あの人」
「そうだよなー、優しいし、美人だし」
「ハルカさん結婚してんのかな」
「どさくさに紛れて名前呼んでんじゃねぇよ」
「養ってくんねぇかなぁ」
「お前養って何のいいことがあるんだよ」
「俺が嬉しい」
「それだったら俺も養ってもらいてぇよ」
「お前妻子持ちだろ」
「家族ごと養ってもらえそう」
馬鹿な会話をしているうちに、ハルカの掲げる光がなぜか空高く昇っていくが、兵士たちはそれを見上げながら続ける。
「なんだあれ」
「さぁ? 空でも飛んでるんじゃねぇの」
「馬鹿言うなよ……、流石に飛ばねぇよな? だって飛べるならナギ殿に乗ってこないだろ」
「そうだよな、そりゃそうか。特級だからってなんでもできるわけじゃないもんな」
兵士たちの後ろでは、ナギがハルカたちの姿を追いかけて首を動かしていたが、それで本当に空を飛んでいると思うものはいないようだった。
当然のように障壁に乗って空を飛んでいるハルカたちは、巨釜山へ向かいながら会話をする。
「さて、どうやって阻止しよっか?」
「障壁で行く先を塞いでもいいですが……、いずれは私の仕業とばれそうですよね」
大規模な障壁魔法を使うという時点で、真面目に調べるとハルカかノクトに行きつくのは自然なことだ。
「どうせ魔物に襲われるのなら、それを待って助けるですよ。それで危ないから帰るよう説得するです」
「その場合、どっかでゴンザブロー師匠を説得しておく必要があるよねー」
ゴンザブローが魔物を討伐してしまうと、ハルカたちがいなくてもなんとかなると、彼らに希望が残ってしまう。そうなると説得は難しくなるだろう。
「ナギ連れてきて上空飛ばしたら怖がって帰るんじゃね?」
ハルカは振り返ってアルベルトをたしなめる。
「アル……、ナギが怖がられてかわいそうじゃないですか。噂が広がって討伐対象にでもなったら困ります。あと、その山に住んでいるブロンテスって巨人にも警戒されてしまうのでは?」
「っていうか、ナギが街の入り口に待機してるのはみんな知ってるから無理だしねー」
四人それぞれが首を傾げたり明後日の方を見たりしながら考えるが、それ以上いい案が浮かばない。
「やっぱ、襲われ待ちになるんじゃね」
「あー、師匠の説得めんどくさそうだなぁ」
「あんまりいい気分な作戦でもないですが……、他に思いつきませんし仕方ないですね」
「そですね。今まで誰も天辺行ってないですから、襲われないってことはないはずです」
そうなってくると、後の問題はゴンザブローを説得できるかどうかだ。人柄を知らないハルカやモンタナにはその難易度がわからない。
少しだけ話を聞いた限り、酒に対する執着がありお金がなさそうなことを言っていたから、いやらしい話になるが、買収はそれほど難しくなさそうだともハルカは思う。
「ゴンザブロー師匠というのは、どんな方なんです? 話は聞いてくれそうですか?」
「……どうかなー、私も訓練してもらうばっかりで、人柄をよく知ってるわけじゃないし……。でもさ【朧】の人って結構義理堅くて頑固な印象があるんだよねー。師匠に限ってはそれに当てはまらないような気もするんだけど……、もしそうだとしたら一度交わした契約を破るようなことしないかも」
「……その場合は?」
「その場合は、話してから考えよ。ほら、以前アルが【朧】のリョーガって侍と戦ったじゃない。あの時あの人もさ、利がないって分かってても納得するだけの理由ができるまで戦ってたじゃん」
「あぁ……、そうでしたね……」
戦いをやめるためにわざわざハルカに、依頼主の方を狙えと下手な演技で教えてくれた侍だ。あの時はそれに従って依頼主の意識を奪うことで、戦いをやめさせたけれど、こっそり交渉するのであればその手は使いにくい。
「そんじゃこの話は終わりだな。んなことよりなぁ、ここの巨人ってどんくらいでかいんだろうな」
行き当たりばったりになるのは不安だが、事前作戦なんて必ずしもうまくいくものではない。いくつもの依頼をこなしてきたハルカも、そのことは理解している。いつまでも悩むことはやめて、切り替えの上手いアルベルトの話題にのってしまうことにした。
「そうですね、雲を突くような、と言っていましたから……」
 





