天辺の楽園
全員が席についてから、モンタナがすっと立ち上がり、庭に続く引き戸に手をかけて一気に開け放った。
すると冒険者や若い職人たちがずらりと姿を現す。後方で呆れた顔をしているのはベテラン職人たちだ。モンタナの察知能力の高さを知っている彼らは、野次馬たちをあえて注意しないでいた。
「……散れ!!」
オーヴァンの短い怒声に、全員が一斉に謝りながら逃げていく。後に残ったベテランたちはそれを見て笑っていたが、じろりとオーヴァンに睨まれ、すごすごと中庭から去っていった。
若者たちをダシにして、自分たちは耳をそばだてるつもりだったらしい。
全員が去ったのを確認して、マルトー親子が同じタイミングで椅子に座った。
「これだけ親方衆が集まっていれば気にもなるってもんです」
パッソアのフォローをきっかけにして、オルメカが口を開く。
「さて、儂から話すがいいな? 隠し事は無しで話すぞ」
親方衆のざわめきに、オルメカは眉を上げて目を見開く。
「こんなこと儂から言わずともわかっているだろうが、念のため言っておくぞ。ここにいる冒険者はあんたらの武器を買いに来た木端冒険者じゃない。一級冒険者と、あの特級冒険者だぞ。その上今は、こっちがものを頼む方だ。それなのに隠し事をして乗り切るつもりか? 親方衆は心根の真っ直ぐな漢ばかりだと思っていたが、そりゃあ儂の思い違いか?」
「……馬鹿言うな、全部話せ!」
「伝え漏らしがあったら承知せんぞ!」
顔を真っ赤にした親方衆が声をそろえると、オルメカはニヤリと笑った。親方たちもただ単純なだけではないのだろうけれど、迷いを無理やり振り払わされたという感じだろう。
普段からの付き合いがあればこそだろうけれど、流石伯爵だけあって、ただの変なおじさんではないようだ。
「ほっ、流石は儂の友たちだ! 明日からもうまい酒が飲めそうだわい。さぁてと、どこから話すか……。いや、まずどこから知ってるかだなぁ。この件についてそちらは何か知ってることがあるのかな?」
ハルカたちは目配せをして誰が答えるか確認する。
今は隠すこともないし、条件のすり合わせ以前の段階だ。とすると、その役割を担うのはハルカということになる。
「まず、先導している人物は見ました。それから、若い冒険者たちも確認しています。聞いたところによると、巨釜山は緩やかな傾斜が続くとはいえ、その分魔物も多いとか。それからこれは眉唾かもしれませんが、巨人系の破壊者がいるという噂もあるようですね。それから……、若い鍛冶職人や鉱夫も一行に交じっている。そちらの知らないかもしれない情報としては……、その中に一人確実に、相当の実力者が混ざっているということ、くらいでしょうか」
「依頼があると知ってたわけでもないのに、よくもまぁそんなに情報を持ってるもんだな……。それに実力者だと? そりゃあ知人だったりするのか?」
「知人……ではありますが、その人に何かを期待するのは……」
「無理ー」
「無駄だな」
「ということです」
ハルカがゴンザブローを知っている二人の方を見ると、しっかりと否定の言葉が返ってきた。
オルメカ伯爵はポリポリと頭皮をかいて首をひねる。
「まぁ、実力者なんて大体そんなもんか。しかしそうなるとなおさら止めてもらわねばならんな」
「どういうことです? 実力者が同行していますから、皆さんの安全度は増したはずですが」
「いやな、困るんだよ、天辺まで行かれると」
「……もしかして本当に隠している『神鉄』なんてものがあると?」
「いやぁ……、それはちと違う。今から話すことはちょいと刺激が強いんだが、依頼を受けない時は口外しないって約束してもらえないもんか? 口止め料なら払う」
ハルカが少し悩んで視線を送ると、コリンは任せるという意思を込めて頷いた。どちらにせよお金がもらえるし、ハルカならば見当違いな答えは出さないとコリンは信じている。
「…………放っておいても私たちに危険が及ばないのであれば、口外しないと約束しても構いません」
「ならまぁ、大丈夫だろう。巨釜山の天辺にはな、噂の通り破壊者は住んでいる。一つ目の巨人で、その名をブロンテスというそうだ。儂もここにいる親方たちも会ったことはないが、ドワーフたちの祖先は、かつて巨釜山の天辺の楽園で過ごしたことがある」
「楽園、ですか?」
「巨釜山の天辺はな、遠目から見ると平らになっとるだろう。あれはな、実は少し内側にくぼんでいて、そこには湖を中心とした豊かな自然が広がっているそうだ。神人戦争から逃れたドワーフたちは、かつてそこでブロンテスと共に暮らし、やがて地上が落ち着いたころに山を下った。その時ドワーフたちは約束したのだ。破壊者でありながら恩人である、穏やかな巨人ブロンテスの平穏のため、そのふもとで暮らし山を守るとな」
「なるほど……」
「……なんでおっさんがその話知ってんだ。ドワーフじゃねぇだろ」
「ほっ、仮にも儂はここの統治者だぞ。十年近くこいつらと毎日酒酌み交わしてたら勝手に教えてくれた」
胸を張って答えた割にしょうもない回答だった。そしてパッソアが小さなため息をついてそれに続く。
「私は伯爵に巻き込まれただけです」
「ほっ、毎日酒酌み交わしとると、自ずと人となりがわかってくるものよ」
「そうですか……」
今は廃れた言葉、飲みニケーション恐るべし。
真似できないなというより、真似したくないなと思いながら、ハルカは楽しそうなオルメカ伯爵に同意する。
「なんじゃったか? 鉄羊と呼ばれる草食って鉄のうんこする動物がいたり、そのブロンテスってのが鍛冶の腕がすさまじいとか、まあ色々余談はあるんだが……」
「余談ですませるんじゃねぇ!」
「このあほう伯爵! ちゃんと話さんか!」
「うっさい! 今話さなきゃならんことからしたら余談だろうが!」
親方連中がこぶしを突き上げて文句を言うと、オルメカ伯爵も負けじと拳でテーブルをどんどんと二度叩く。
「とにかく! そんなわけだから唆されたあほ共を止めてほしい。ただし、この話は伝えんでな」
「……それってつまり、伯爵からの命令とも、親方たちからの命令とも言わずに止めろってことですよね?」
「ほっ、話が早い! 儂からの命令でもなく、鍛冶ギルドからの命令でもなくだ。そうだな……力ずくでいいぞ! 特級冒険者のすごい所見せてくれ!」
「……ちょっと相談します」
特級冒険者だからといってなんでも暴力で解決すると思われたらたまらない。目を輝かせたオルメカ伯爵は、おそらく特級冒険者の実力の片鱗を見たがっている節があるが、そんな理不尽なだけのことはしたくない。
ハルカはひとまずお預かりで、仲間内で作戦会議をする必要を感じていた。





