親方会議
マルトー工房はすでに今日の営業を終えたようだった。
たむろしていた冒険者と話している者もいれば、片付けにいそしんでいる者もいる。
そんな中、工房の外ではオーヴァンと幾人かのドワーフたちが何やら深刻そうな表情で首を突き合わせていた。そしてモンタナはその円からは少しだけ外れた場所に立っている。
話に耳を傾けているようだったが、ハルカたちが近づいてきたことには気づいていたのか、指先だけで手招きをしている。
話し合いを邪魔しないように静かに近寄ると、モンタナも少しだけオーヴァンたちから離れて合流する。それでも耳が向いている方向を見るに、あちらの話も気にしているようだ。
「何かありましたか?」
ハルカが先に声をかけると、モンタナは頷いて答える。
「若い冒険者と鍛冶師、それに鉱夫が、どっかから来た商人と一緒に巨釜山に向かったらしいです。神鉄って呼ばれる鉄を探しに行ったらしいですけど……」
「そいつら出かけるとこ見たぞ。変な髭のやつと一緒にいたやつらだろ」
「冒険者だけじゃなくて鍛冶師も一緒に行ったんだー。魔物とかいるから危ないって聞いたよ。破壊者もいるかもって」
「よく知ってるですね」
「暇だったから情報収集したの」
「話が早いです」
モンタナはちらりとオーヴァンたちのほうを確認してから、さらに手招きをしてハルカたちの顔を寄せて声を潜める。
「親方たちはあまり山に登らせたくないみたいです。ドワーフの親方たちは、あの山を神聖視してるですよ。この街を興したドワーフたちは、神人戦争の頃、あの山のてっぺんで暮らしてたって話です。あの山のお陰で、ドワーフたちは生き残れたですよ」
「……うーん、よそ者に荒らされたくないって話なのかな?」
「それもあると思うですし、知ってる顔が無駄に死ぬのも嫌だってことだと思うです。……ついてった中には、僕の知り合いもいるです」
「でもよ、止めても聞かなかったってことだろ?」
「そですね」
「仕方なくね」
「そうとも思うです。でも父さんたちは気にしてるです。一応情報共有だけしておくですよ」
親方たちは腕を組んで唸っているばかりであまり話が進んでいるようには見えないが、それぞれ真剣に悩んでいる様子はある。職人たちのトップであるから、おそらく口下手なものが多いのだろう。
コリンは話を聞き終わってから、少し間をおいて口を開く。
「じゃ、こっちからも伝えておかなきゃいけないことあるのよね……」
「なんです?」
「なんかその集団の中に、私の体術の師匠が混じってたの」
「……強いです?」
「強いんじゃないかなー……。あと、結構好き勝手する人だから、混ざった結果どうなるかはわかんないかも」
「そですか。……冒険者です?」
「ううん、放浪者って言ってた。昔は【朧】の戦人だったって」
「なんです、それ」
「お金貰って戦う傭兵みたいなものかなぁ……」
つまりただ不確定要素とトラブルの種が増えただけと受け取れる。
モンタナは尻尾の先をパタパタと動かしてオーヴァン達の方へ振り返った。輪の中にはいつの間にかやってきた支部長のパッソアとオルメカ伯爵が混じっていた。
ちょうど挨拶を終えたのか、オルメカがハルカたちを見つけて「おっ」という顔をして手を上げる。
「ほっ、どうです、そんなに気になるなら、腕のいい冒険者に彼らの説得をしてもらうというのは」
「受けてもらえれば、ですけどねぇ」
パッソアが続くと、親方連中はざわめきながらもハルカ達の素性を二人に尋ねる。
「あちらにいらっしゃるのは【竜の庭】という宿を持つ、一級と特級の冒険者です」
「そりゃすげぇのがいたものだな。……待て、そっちのはオーヴァン殿のとこの息子だろう? いつの間にそんな出世したんだ」
「お、おお、あの小さかった……、うむ、まぁ、今も小さいか」
「しかし立派に育ったもんだな、オーヴァン殿。そうか、オーヴァン殿の息子とその仲間か……」
勝手に話が進んでいるうえに、頼むことが前提になってきている。
どこで口をはさむべきかと悩んでいると、コリンが手を上げてひらひらと振って注目を集めた。
「すみませーん、なにも事情が分からないのに話進められても困ります。依頼をするつもりならちゃんと話に混ぜてくださーい」
「それはそうですよね。依頼するとなればギルドの方から正式にやらせてもらいますよ」
パッソアが言うと、今度はまた親方たちがひそひそと話を始める。「だがな」とか「いやしかし」とかそんな感じだが、オーヴァンは腕を組んだまま難しい顔をしているだけで何も口を挟まない。
「どうなんだ、オーヴァン殿。頼んでみるか? 儂らはこの人らを信用してもいいのか?」
「知らん」
「知らんってなぁ」
オーヴァンがバッサリと一言で答えると、親方連中は困った顔で首をひねる。おそらく親方たちの中でもオーヴァンはそれなりの地位にいるのだろう。
別にハルカたちとしても庇ってほしいわけではないのだが、どことなく冷たい反応のように思える言葉だ。しかしオーヴァンの言葉には続きがあった。
「だが儂は信じられる」
自分は信じるけれど、お前らの判断は知らん、という意味だったらしい。
胸を張りふんと鼻息を荒くしたオーヴァンは、じろりと親方たちを睨みつけるように見まわした。
「まぁ、オーヴァン殿がそこまで言うのなら」
「そうだのう……」
そこまでと言うほど言葉は尽くされていないけれど、オーヴァンの性質を知る者たちからすれば十分すぎるほどの言葉だったのだろう。
「そんじゃちょっと、オーヴァン殿のとこを借りて話をさせてもらおうかね」
一人が言うと親方たちはどやどやと移動を始める。こっちのことなんかお構いなしなのが職人たちらしい。
「いやぁ、すまないね。別に失礼なことをするつもりはないんですよ、彼らも」
フォローするのは頭をかきながら近づいてきたパッソアだ。
この街も長いのだろう。冒険者の気持ちも職人の気持ちもよくわかる。
「別にいいですけどねー。でも、必ず依頼を受けるってわけじゃないのだけわかってもらえてれば」
「……もし断ることになったとしても、私の方でなんとかするよ。なんとか頑張るさ」
自信なさげな言葉だったが、支部長にまでなるような人物がこれを翻すようなことはないだろう。ちなみにオルメカ伯爵の方は楽しそうに親方たちと一緒に棟の中へ入っていってしまった。
こんな時いつだってちょっと大変な目に遭うのは、中間管理職の人間である。とはいえ依頼の話に賛成していたのもパッソアである。積極的に反対しなかったのも悪い。
ハルカはほんの少しだけパッソアに同情しながら、移動するコリンたちの後に続いた。
 





