妙な雰囲気
意気揚々と出かけていった若い冒険者たちとは裏腹に、ギルドに残っていた者たちは呆れたような顔をしていた。ギルドへ入ったハルカたちにも一瞬目を向けたが、当てが外れたのか肩をすくめたりため息をついたりだ。
「なんだこいつら」
「なんでしょうね、妙な感じですけど……」
「聞けばわかるでしょ。ね、おじさん、さっき若い冒険者がいっぱいでてったけど何しに行ったの?」
ギルドに併設された酒場での端で、一人ジョッキを傾けている中年男にコリンは声をかける。男はじろりとハルカたちを見て、顎髭をこすってから口を開いた。
「ん、よそ者だなぁ、あんたら。いやなぁ、若者たちが唆されて巨釜山に登りにいっちまったんだよ。あそこは結構危ない魔物も出るから、ここのもんも滅多なことじゃ近寄らねぇんだけどな」
突然声をかけた割にはちゃんと答えてくれる。きっと一人酒に退屈していたに違いない。
「変な名前」
コリンが突っ込みを入れると、男はジョッキをおいて指で空中に台形を描く。
「てっぺんが平らで釜を逆さにしたように見えるだろう」
「うーん、そうかなぁ?」
「んな文句言われたって、俺が名付けたわけじゃねぇものなぁ」
「ま、いっか。んで、なんて唆されたの?」
「教えてやってもいいが、あんたらも行くのやめとけよ。危ないってのは間違いねぇんだから。破壊者だっているって話だぜ?」
「ん、まぁ、聞くだけ聞くだけ!」
「ホントかよ……」
またじょりじょりと顎髭をこすった男は、「ま、いいか」と呟いて言葉を続けた。隠すほどの情報でもないし、よそ者の安全をしつこく気にしてやる必要もない。なんなら退屈を紛らわしてくれる相手に、ちょっとくらいサービスしてやるかという気持ちもあった。
「どっから仕入れた情報か知らんが、あの変な髭が山のてっぺんに質のいい鉄が山ほどあるっていうんだよな。そりゃああまり人が入らないんだからあるかもしれんが、命と引き換えに行くような場所じゃねぇ」
「んー、普通に分不相応な依頼を受けたってこと?」
「そーだ。まぁしかし、成功すれば財布は温まるし、階級もどんと上がりそうなでかい話だ。くすぶってる若者共がふらふらついていっちまったってわけよ。ここらじゃ冒険者にとってうまい話なんてなかなかねぇからな。しかし、生きて帰っちゃこれねぇ奴もいるだろうなぁ」
「ふぅん、おじさんは行ったことあるの?」
「馬鹿言っちゃいけねぇよ」
男は大げさに腕を振ってそれを否定する。
「俺はしがない五級冒険者だぜ。毎日飯が食えて酒が飲めればそれでいいんだ。ま、あいつらも俺と似たような階級だが……一人でも多く生き残って、身の程ってのを知れるといいんだがなぁ」
「ふーん、そこの破壊者ってどんなのがいるか知ってる?」
「俺の死んだ友人は、一つ目の雲をつくような巨人がいた、って言ってたぜ。すーぐ無茶するから早死にしちまったけどなぁ。人間程々が大事なんだよなぁ。少し前もなぁ、足怪我した三級冒険者の姉ちゃんが、武器売って……」
「そっかー、ありがと! 店員さーん、お酒お酒、あの人にいいお酒あげてー」
「お、わかってるねぇ嬢ちゃん!」
妙な話が始まりそうになったのを察すると、コリンは店員を捕まえて、男のために酒を注文してその場を離れた。
アルベルトが不服そうな顔をしているのは、男の物言いがあまり好きでなかったからだろう。ハルカはなんとなく男の方の気持ちもわかってしまうのだが、アルベルトの若々しい感覚も否定はできない。
「さ、事情は分かったしー、さっさと退散!」
コリンがハルカとアルベルトの手を引いてギルドの外へ向かう。
ここの冒険者ギルドは全体的に今の男のような中堅層が多く、あまり活発な雰囲気がない。街の傾向として仕方のないことかもしれないが、少しよどんだ雰囲気を感じてしまっていた。
昼間っから飲んだくれているような者ばかりがいたわけだから、今回の件だけですべてを判断することは難しい。しかしハルカはなんとなく、モンタナがオランズを冒険者としてのはじまりの地に選んだ理由が分かった気がしていた。
ギルドを離れると、今度はまた店の冷やかしが始まる。
夕暮れ時にはモンタナの下に一度顔をだしに行くつもりだけれど、あまり早く行って親子の時間を邪魔したくもない。
ハルカは手をつないで歩いているうちに、二人が新婚であることをふと思い出し、もしかして自分は邪魔なんじゃなかろうかと思ったのだが、あまりにいつもと変わらない様子なのでその考えは保留することにした。
というか、二人でばらばらの店を覗きだしたりしたので、見失わないようにするのでいっぱいいっぱいだった。
アルベルトは店を順番に覗いていくからまだいいのだが、コリンがあっちこっちの店に入るので、一度はぐれたら見つけるのに手間がかかりそうだった。仕方がないので基本的にはコリンが入った店の前で待機。
気になる屋台や食べ物屋があれば、コリンに戻るまで動かないように伝えて、買ってきてから待機。
まぁ、つまるところ全員が好き勝手ふらふら楽しんでいたわけなのであった。
日が暮れてきたのを待って、ハルカたちはマルトー工房へと足先を向ける。
「さっきの冒険者ギルドで聞いた話あるじゃん。あれさー、師匠がいたら普通に結構登れちゃう気がするんだよねー」
「さすがにあんだけいるとどうだろな」
「いやー、犠牲が出たり、ちょっと進むの遅れたりすることはあるかもしれないけど、行くと思うなー」
「……まぁ、そうかもな」
あんな酒飲みの老人だけど、その実力はしっかりとしたものらしい。
「ってことはゴンザブロー師匠の目論見通りかー。……でもなんであの商人のおじさんは、あんなに足手まといいっぱい連れてったんだろう?」
「冒険者の実力分からないんじゃね」
「そんな目の悪い人が、冒険者いっぱい雇えるほど大金持ってるのかなぁ」
「じゃ、持ってないんじゃね? …………やべぇんじゃねぇの」
「……死んだかもね」
「なんか、あの、いきなり話が物騒になったんですけど、どういうことですか?」
黙って聞いていたハルカは、恐る恐る二人の会話に割って入る。やばいとか死んだとか、何をどうしたらそんな話になるのかがわからなかった。
「いやぁ、師匠って契約とかで嘘つかれたら、普通に暴れそうだし……」
「あの爺、昔【朧】の合戦に出て、無手で人を壊して回ったとか言ってたぞ」
「……お金、持ってそうですかね、あの商人さん」
「持ってそうな顔はしてたけどなー……」
「持ってるといいな」
不安そうなコリンとどうでも良さそうなアルベルト。
ハルカとしては、できればモンタナも交えて明日以降の相談をしたい気分になってきていた。
 





