みおろして交渉
モンタナと別れて、オクタイが泊まっている宿へ向かう。
ちなみに別れる前にハルカがモンタナに様子伺いしたところ、オクタイをとりなす気はないと聞いている。本質的な部分が見えているモンタナからすると、オクタイが反省しているとは思えないのだそうだ。
仕方のないことである。
宿の前へ着くと、腕を組んだオクタイがあっちへうろうろこっちへうろうろしていた。せっかちで野生の獣のような男である。
ハルカたちの姿を見つけてぱっと笑顔を見せ、腕を上げて元気に近寄ってくる。
「よ、昨日ぶりだな。そっちの二人は二年ぶりくらいか。アルベルト、元気にしてたかよ、てめぇ……、てかでかくなったな、おい」
「お前は縮んだんじゃねぇの?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。……武器も立派なの持ってんじゃねぇか」
拳をガツンと遠慮なく合わせた二人は、長年の友人のように喋り出す。実際のところは喧嘩して数日同じ街にいただけなのだが、互いに単純な思考回路をしているからか馬が合うのだろう。
「いいだろ」
「ちょっと触らせてくんねぇ?」
「嫌だ」
「けちだな」
「うるせぇ、武器悪くするようなやつには触らせねぇ」
「一人で冒険者してっと色々あんだよ!」
「ちゃんと手入れしろよ」
「手入れの仕方覚えんのめんどくさくて、ちょっとさぼると刃がかけちまうんだよなぁ」
「よく生きてるなお前」
「おう、強いからな!」
呆れた口調のアルベルトにも、オクタイは気にした様子なく答える。ずさんな上にうかつな性格をしているので、まさによく生きているなという言葉が的を射ているだろう。
「あのさー、話進めていい?」
「ん、モンタナのやつがいねぇな」
「交渉相手は私。前もそうだったでしょ」
「……しゃーねーか。そんじゃ宿のテーブル借りようぜ」
タイミングをうかがって口をはさんだのはコリンだ。
一向に肝心のモンタナがいないことを気にしていたオクタイだったが、コリンに苦手意識を持っているのか、素直に言うことを聞いて交渉のテーブルに着くことにしたようだ。
全員が椅子に腰を掛けると、まずはコリンが口を開く。
「オクタイさんはさぁ、別に剣が直ればいいんでしょ?」
「いや、今後のこと考えりゃあ、マルトー工房とのわだかまりは無くしておきてぇ」
「無理じゃない?」
「いや、モンタナのやつがうまくやれば」
「だから無理じゃない? モン君あなたのこと好きじゃないしー」
相手の言葉を遮ってばっさりと切り捨てたのはコリンだった。
むっとした表情でオクタイが言い返す。
「謝ってるし報酬も支払うって言ってんだろうが」
「オクタイさんって大事な人いる?」
「は? 何の関係があるんだよ」
「いるの、いないの?」
「あー、師匠とかか」
「じゃ、その師匠の立場をすごく悪くした人が、オクタイさんに困ってるから力を貸してくれって言ってきたらどう思うの?」
「ざまぁみやがれ死にさらせ」
「それがマルトー工房の人たちがオクタイさんに思ってることだけど」
「…………そんなにか? 俺、ちょっと口滑らせただけだぜ?」
そんな言葉が出る時点で、反省なんて口先だけだ。
「そう思ってるうちは余計に無理ー、ってことで話を戻すんだけどさ、剣が直ればいいんでしょ?」
「いや、だから、マルトー工房と……」
「これ以上言うと何も手伝わないし帰るけど」
「……わーかったよ」
納得はしていないけれど背に腹は代えられないといったところか、オクタイはしぶしぶコリンの言うことを聞くことにしたらしい。
「で、前の時もノクトさんに剣を直してもらったでしょ。ならハルカに頼んだらいいじゃない」
「できんのか?」
「できるよねー?」
「ええ、はい、多分」
オクタイはぐぬぬと悩んで手元に置いた剣をじっと見た後、ため息をついて答える。
「しゃーねー、それで頼むか」
ぴくりとコリンの眉が動いた。
「しゃーねーってなに? 帰ろうかなー。それが人にもの頼む態度なのかなー? こっちは時間割いてきてるのに、やる気なくなっちゃったなー」
「直すのはお前じゃねぇだろうが!」
「あーあーあー、帰る。やーめた、帰りまーす」
「だぁああ! くそ、頼む、この通りだ!」
机を拳で殴ってから、オクタイは頭を深く下げた。
手入れをしない割にはよほど剣が大事なのだろう。プライドを多少捨てることくらいはできるらしい。
そっぽを向いているコリンがしめしめと笑ったことには誰も気づいていない。
「そんなに直してほしいの?」
「師匠に認めてもらった証だ」
「仕方ないなー。……で、いくら払うの?」
交渉をするときはまず自分の立場を少しでも上にしておくことも大事だ。
コリンはその関係性が構築されたのを確認すると、間をおかずに話題を転換。
面食らっているオクタイを相手に交渉を始めたのであった。
交渉は難航しなかった。
どうやらオクタイは冒険者としてきちんと活動しているうえ、金を使う機会があまりないらしく、結構な資金を貯めこんでいるようだ。強くなることや階級を上げることに熱心な冒険者に、しばしばみられることである。
ついこの間から拠点に居座っている【魔狩り】のタゴスも、オクタイ同様使い道のない金を貯めこんでいた。
コリンは大金が舞い込んできてご機嫌。オクタイは剣が直って、首をかしげながらもまずまず満足のようだ。
「それじゃ、また壊れたら〈オランズ〉の近くに私たちの拠点あるから」
「おう、わかった」
立ち上がってさっさと退散しようとしているのはコリンだ。
時間がたって金を払い過ぎたと思われたくない。
「つーかお前、ちゃんと剣の手入れの仕方教わってこいよな」
「アル! 余計なこと言わなくていいから。さ、ハルカももう行こうねー」
「あ、はい」
コリンはアルベルトとハルカの背中を押して宿を出ると、ご機嫌に街を歩きだす。
「いやー、儲かったなー。ハルカ、好きなもの買っていいからね。美味しそうなもの見つけたらすぐ言ってね」
「わかりました」
普段から欲しい物は言ってるし、屋台の食べ物も好きに買っているのでいつもと変わりないが、ご機嫌なコリンを見てハルカは笑って答えた。
コリンがお金の管理をしてくれているのでハルカ個人としても、宿としてもお金に困ることはない。
ただ問題があるとすれば、ハルカの金銭感覚が若干麻痺してきていることだろうか。先ほどオクタイが大金を請求されていたのも、そんなものなのかなと納得してしまったハルカである。
来たばかりの頃は銀貨一枚いくらだとか、金貨なんて大変なものを、なんて思っていたというのに、慣れとは恐ろしいものだ。
しかしこれもまぁ、ハルカがこの世界に馴染んだ証拠には違いなかった。





