仲の良い二人
オーヴァンが庭から戻ってくると、モンタナがようやく輪の中から解放される。
道が空いてモンタナのそばまで歩み寄ったオーヴァンは、ごつごつで皮の厚い手の平をその頭にのせる。
「俺も悪かった。……帰ってきたときに鍛冶屋を目指せるような環境は用意したつもりだったが、余計な世話だったようだ」
「……ありがとです」
「いや、俺はお前の父親だからな」
一度だけくしゃりと髪の毛をかき混ぜると、オーヴァンはまた口をへの字にして椅子へ腰かけた。
モンタナの髪の毛がくしゃくしゃになっている。
席に戻ってくるモンタナを見ながら、なんとなく誰かに似ているなぁとハルカは思う。
「どしたです?」
近くまで来て顔を上げたモンタナを見て、それが自分の師であるノクトだと気づく。ふわっとした髪型になると、どうやら結構顔立ちが似ているようだ。本人に伝えると嫌がりそうなので、ハルカは軽く首を横に振った。
「いえ、何でもありません」
「そですか?」
「はい、ハルカ」
反対側にいるコリンから差し出されたのは櫛だった。モンタナの髪の毛と尻尾をどうにかしてやれということらしい。受け取って髪の毛をとかしている間、モンタナは前に回した尻尾の毛を手のひらで伸ばしている。
「……モンタナ」
ちらりと視線が向けられたことで、聞いていると判断したハルカは、そのまま言葉を続ける。
「良かったですね」
「です」
髪をとかし終えると、今度は尻尾だ。モンタナが背を向けて、尻尾をハルカの膝の上にのせる。髪を梳かすときは耳をひっかかないように、尻尾をとかすときも毛が絡まないように気にして、結構集中していたハルカは、終盤に差し掛かって場が少し静かになっていることに気が付き顔を上げた。
幾人かが黙ってハルカとモンタナに注目している。隣ではコリンが変な顔をして笑いをこらえていた。
「仲がいいのねぇ」
両手で自分の頬をはさんでしみじみと、ご機嫌な顔でつぶやいたのはディタだ。幾人かがそれに同意するように頷く。
「ええ、はい、仲良くしてもらっています」
「そういうんじゃないです」
「え?」
否定の言葉にハルカは疑問の言葉を返すが、モンタナとディタの親子の会話は続く。
「あら、そんな照れなくても」
「あらじゃないです。ハルカに失礼だからやめるです」
「……ほんと?」
「ほんとです」
「そうなの、残念ね」
「残念ではないです」
「お似合いだと思うのに」
「あー……」
そこまで聞いてようやく話の流れを理解したハルカは、間抜けな声を出して頬をポリポリと掻いた。
まぁ、一般的に男女で仲がいいとなるとそう考えるものだろうという納得。今朝同じ部屋に泊まっていたことも知られているかもしれないから、勘違いがあっても仕方ないだろうと思う。
ただハルカもモンタナもそんな気持ちはなかったし、冒険者として一緒に旅をしている以上同じ部屋で寝ることなんてざらだ。寒い冬の旅なんかは、外ですぐ横にくっついて寝ることだって少なくない。
街で暮らす人たちとはまた違う感覚で生きているのだが、だからこそ理解しがたいこともあるのだろう。
ハルカとしては、できればここの職人たちや両親と同じように、家族のような関係であると理解してほしかったが、わざわざ言葉にして要求するようなことではない。その辺のことはすべてモンタナに任せることにして、再び手の動きを再開させた。
数時間食事をして酒を飲んで、ねだられるままに冒険の話をする。オーヴァンやディタはもう聞いた話もあったが、黙ってそれを聞いていた。長く離れていた息子の話なのだから、二度三度と聞くことくらい何の苦でもない。
やがて眠るものが出始めたところで、モンタナは立ち上がる。
「そろそろナギのとこに戻るですよ」
「あらあら? 泊まっていかないの?」
「明日また来るです」
「ナギちゃんって、さっきハルカさんが話していた竜のことよね? 大きいけれどおとなしくてかわいいって。今はどこにいるのかしら? どこかの馬小屋でも借りてるのかしら?」
ハルカがナギのことを控えめに表現するものだから、ディタも職人たちもナギの大きさを勘違いしている節がある。
「馬小屋じゃナギの頭くらいしか入らないです」
「……あらぁ、ずいぶん大きいのねぇ」
「です。街の外で待ってるですよ。おとなしく待ってると思うですけど、知らない街だから見に行ってあげたいです」
「なら仕方ないわね。また明日も来てくれるんでしょ?」
「来るです」
「それじゃ、また明日」
「です」
モンタナに続いて立ち上がったハルカたちは、その場にいるものたちへ軽く挨拶をしてそのまま外へ出る。たくさんの人が騒いでいた宴会の場は暖かかったが、夜の空気はまだ少しひやりとしている。
四人は並んで歩きながら、ぽつりぽつりと会話をする。
「明日からはモンタナだけでもいいんじゃねぇの?」
「ま、私たちがいても邪魔かもだしねー」
「邪魔じゃないです」
「いや、邪魔とかじゃなくて、俺もこの街の鍛冶屋覗いて回りてぇ」
「……うちの工房が一番いい武器つくるですよ?」
「んじゃ朝一番でモンタナの工房見て、それから街回る」
「ならいいです」
「工房で売るってより、店での数打ちもあるんだろ? 鍛冶の街っていうくらいだから、そっちもどうなのかと思ってな」
「いいものが多いです」
「だろ、したら見て回らなきゃだろ」
前衛職の剣士の会話だ。
モンタナに気を使ったコリンだったが、いつもと変わらない様子に苦笑していた。
数日は滞在することになりそうだと考えていたハルカは、唐突にはっとオクタイのことを思い出す。
「あの、この街にオクタイさんもいるんですよね」
「へー、何してんだあいつ」
「なんかまた剣悪くしたみたいで、直してもらいたいらしいですよ。でもマルトー工房は門前払いされて困ってるとか」
「ハルカ直してあげたら?」
「私がですか?」
「うん。前ノクトさんが直してたじゃない。ハルカが直して支払いはこっちに貰った方がよくない? マルトー工房の人にも嫌われてるなら」
考えてみればできないこともない。治癒魔法と言われる魔法にもいろいろなタイプがあるのだが、そのどのタイプも今のハルカは使うことができる。
「……マルトー工房の人と仲直りさせてあげなくていいんでしょうか?」
「いいんじゃない? 身から出た錆だし。それに私たちも儲かるし」
「……いいんでしょうか、モンタナ」
「いいと思うです」
念のため確認してみたいが、実はこういう時モンタナも容赦がないことはハルカも知っている。
「……じゃあ、一応提案はしてみましょうか。価格の交渉は任せていいですか?」
「もちろん! いっぱいぼったくってやろーっと」
「あ、はい、ほどほどにしましょうね」
 





