職人たちの気持ち
モンタナがジョッキを一気に呷ったのを見て、ハルカはギョッとしたが、覗いてみれば中身はどうやら酒ではなさそうだった。
ちびちびと舐めるように飲んでいても、気づいたらテーブルと一体化しているのがモンタナだ。決して酒に強くない。
ブランコは同じようにジョッキをからにして、大きく息を吐いて顔を上げる。
「モンタナ! お前は活躍するのが早すぎだ! 帰ってきたら武器を打つとは言ったが、一級冒険者に満足してもらえる自信はまだないぞ」
周りに聞こえるような大きな声だった。どうやらわざと周りに聞こえるように言ったようで、その台詞はやや棒読み気味だ。
しかしその言葉自体には効力があったのか、同じテーブルにいた職人たちはざわめいた。
ざわめきがおさまった頃、顔を真っ赤にした老齢の職人が「うおぅ、おぅ……っ」と、妙な声を出して目元を擦る。
泣いているらしい。
「おぉっ、モンタナの坊やがそんなに立派になって……っ、わしゃあ、坊が部屋から出なくなっだ時はどうなることかと……、家からいなくなって冒険者になったと聞いて、どんなに後悔したか……。無事でよかった、元気でよかった……」
「オン爺、今日は特別酒に弱いなぁ、わはは。大げさだぞ」
両隣りのドワーフが笑うと、オン爺と呼ばれた老人は、鼻をすすりながら隣を睨む。
「なぁにが大げさじゃ! 儂らが坊に何も言わなかったから、坊だって何も言わずに出ていってしまったんじゃろうが! 今気持ちを伝えずいつ伝える!? お前らだって、ずっと気にしとったろうが!!」
「馬鹿! 爺さんは一杯目で酔っ払ってるからいいけどなぁ、こっちはまだまだ素面なんだよ!」
「じゃかあしい、酔ってしか言えないのか、この腰抜けどもめ」
「その赤ら顔をなんとかしてから言いやがれ!」
突然始まった言い争いだが、手が出るわけでもないし、周りは笑っているだけだ。だったら口も挟めまいと、ハルカも静かに様子を窺う。
やがてモンタナが、静かな声で間に割って入る。
「オン爺、それにゴッチェさんも、みんなも、心配かけてごめんなさいです」
「……おう」
「……いいんじゃよ、わしゃあまた元気な顔が見られて嬉しい」
「元気に冒険者してるですよ。一緒にきた三人以外にも、仲間がたくさんできたです。【竜の庭】って宿も作って楽しくやってるです」
「宿かぁ、大したもんだなぁ、本当によ。ついこの間までよちよち歩きだったのになぁ」
「年寄りくさいのう」
「その頃から爺だった奴は黙ってろい!」
喧嘩するほど仲がいいという奴なのだろう。憎まれ口をたたき合いながらも楽しそうだ。
その一角でものすごいペースで酒を飲み続けていた禿頭のドワーフが、初めて「すまん!」と声を発したかと思うと、その額をテーブルに思いきりたたきつけた。
もともとそのつもりだったのだろう。自分の前からは綺麗に食器を片付けてある。とはいえ、大きなテーブルが揺れて皿が跳ね上がるような勢いだった。きっと額には怪我をしているはずだ。
「俺はあの時、若造たちの言うことも一理あると思っていた。今だって、あの時は親方がモンタナを構いすぎていたと思っている。でもなぁ、十歳そこそこの子供を囲んでやることじゃあなかった。お前がなぁ、あまりに物分かりのいい良い子だったから、俺たちはそれに甘えたんだ。親方に直接苦言を呈すことはしても、それをお前にまで背負わせるべきじゃあなかった。……俺たちが、お前の鍛冶師としての未来をつぶしたんだ。どう謝ったらいいかもわからん!」
テーブルにジワリと血が広がる。どうも額が割れて血が出ているのだろう。
数人の職人が、そのドワーフの言葉を聞いてから、同じようにテーブルに額をこすりつけて「すまん」「悪かった」と声を上げる。
モンタナは立ち上がると、ぐるりとテーブルをまわって頭を下げているものたちの背中に回る。
「僕の方こそ、ごめんなさいです。頭上げてほしいですよ」
謝っていた者たちがそろりそろりと顔を上げて、体ごと振り返りモンタナを見る。
「鍛冶師になりたいなら、皆と一緒に工房で修行するべきだったです。……ずるしたですよ、僕は。鍛冶師になるか、冒険者になるか、迷ってたです。なのに父さんの時間を、皆から奪ったですよ」
男たちはモンタナの言葉を聞きながら、俯いたり頭をかいたりしながら申し訳なさそうな顔をしている。
「……皆に言われたとき、ちゃんと気づいてたんだと思うです。だから嫌われたって当然だと思ったですよ。……嫌われたことを確認するのが怖くて、逃げたですよ。冒険者になったことは後悔してないです。でも、あの時皆の顔を見るのをやめたことも、挨拶もせずにいなくなったことも、後悔してたです。だから、みんなに謝りに来たですよ。…………ごめんなさいです」
「……ばかやろぉ」
額から血を流したドワーフが立ち上がり、瞼に涙をいっぱい溜めながらモンタナの頭に手を伸ばして乱暴に撫でまわす。
「嫌いになんかならねぇよぉ」
次々に集まってきた職人たちに、モンタナがもみくちゃにされる。
こんな状況、モンタナは好きではないはずなのに、されるがままに撫でまわされ抱き着かれているのは、きっと彼らがモンタナを小さなころから知っているからなのだろう。
三年間音沙汰なく離れていても、ここはモンタナの実家なのだ。
どんなに長いこと顔も合わせず、言葉も交わさなかったとしても、きっと家族のようなものなのだ。
ハルカは目を細める。耳のカフスを指先で撫でながら、いいなと思う。
一度壊れかけはしたものの、血のつながりだけではない確かな信頼関係がそこにはっきりと見えた。
「モン君、愛されてるねー」
背中にずしっとのしかかって話しかけてきたのはコリンだ。
「そうですね……」
「ハルカ、ちょっと寂しいんでしょ」
「……そんなこと、ないですよ?」
「噓だー」
「ハルカって結構分かりやすいよな」
テーブルに肘をついたアルベルトが呆れたように言うのを聞いて、そんなに顔に出ていたのだろうかと、ハルカは首をかしげて考え込んでしまった。





