ドワーフたちの暮らし
「モンタナは街の人と仲良しなんですね」
「ドワーフには結構能天気な人が多いです。ああいう人は鍛冶師にはならないで、鉱夫をしてるです」
「つまりモンタナのおうちの方々はああいったタイプではないと」
「ないです。うちの工房はドワーフと人族で半々くらいです」
最後尾で会話しながら様子を見ていると、ドワーフたちは歩きながらも腰に下げた水袋を次々と口に運ぶ。
ハルカは水分補給をしているものだとばかり思っていたが、風に漂ってきた香りに酒精が含まれ始めたことから、どうやら中身が酒であるらしいことに気が付いた。道理でいくつも水袋を持って歩いているはずである。
だんだんと陽気な笑い声が聞こえ、途中合唱なんかも始まったりして、すっかりモンタナのことは頭の中からはじき出されていそうな雰囲気がある。モンタナの性格的に、ああいったタイプとは馬が合わなそうだ。
嫌われていたわけではなくても、居心地の良さ悪さはあるのだろう。
街へ到着してドワーフたちと別れ、一応簡単に身分の証明を行う。
門番をしているのは公国の兵士のようで、モンタナに見覚えがあるようで首を傾げたりしていたけれど、冒険者のタグを見せて身分を明かしてからは、一級と特級の冒険者の組み合わせに驚いていた。
オランズに近い街だからというのもあるためか、ハルカのことを知っていたようで、挙動不審気味に街へ入る許可を出される。そもそもダークエルフが旅をしていることが珍しいから、いずれ顔を見ただけで特級冒険者としてばれるようになっていくのだろう。
この街にも冒険者ギルドは存在しているので、ハルカたちはまずそこへ向かうことになる。〈グリヴォイ〉の街は、公国の所領ということになっているので、一応爵位を持った貴族がトップにいるのだ。
冒険者がそこへ取次ぎをするためには、まず冒険者ギルドの窓口を通すのが筋である。
たどり着いた〈グリヴォイ〉の冒険者ギルドは街の規模の割にこじんまりしている。
「この街では冒険者稼業の人気がないんでしょうか?」
「そですね。冒険者にならなくても、鉱夫になれば豊かに暮らせるです。鍛冶師も多ければ、ドワーフのための酒蔵も多いです。酒を造るために農業も盛んですから、職に困らないですよ」
「一次産業の多い豊かな街ということですか」
「冒険者ギルドは、下級の冒険者か、他所から来た冒険者が主に使ってるです。ドワーフの鉱夫は強いですから、ちょっとした魔物くらいなら自分で倒しちゃうです。護衛もいらないです」
「冒険者が育っていく土壌があまりないということですね」
「そです。それも僕がこの街を離れた理由の一つです」
話しながら冒険者ギルドへ入ると、夕暮れ時なのもあって、流石に冒険者でごった返している。いくら規模が小さいとはいえ、一日の終わりにはにぎやかになるようだ。
偉い人に取り次いでもらうのなら午前中にアポを取った方が良かったかな、などと思いつつハルカは黙って列の最後尾に並ぶ。
緊急の用事でもないのに階級を振りかざして横入りする気はない。
獲物の精算などをしているのを楽しく眺めながら二人は順番が回ってくるのを待った。
この街にはドワーフがたくさん住んでいる割には、冒険者にその数は多くない。
体が小さくても力強いドワーフなら、冒険者としても大成しそうなものだけれどと考えたハルカは尋ねる。
「冒険者にはドワーフが少ないですね。なぜでしょう?」
「ドワーフは火に強いから鍛冶に向いてるです。力強くて背が小さいから鉱夫にも向いてるです。そのどちらも冒険者としての適性が低いわけじゃないですが、決定的に向かない理由があるですよ」
「なんでしょう?」
「長旅で酒が手に入らなくて嫌気がさすです」
「……我慢とか、できませんか?」
「樽を担いで冒険するドワーフがいると聞いたことあるですが、村に立ち寄るたびに酒を補充するので有名です。そうまでして冒険者になりたいドワーフが少ないですよ。ドワーフの住んでいる地域が特定の場所に限られるのもそれが理由です」
「なんというか、難儀ですね……」
あれこれと話をしているうちに、順番が回ってきた。
「はい、次の方は、初めてお会いしますよね。いえ、そちらの子は……」
担当してくれるのは、背の小さな、というよりは幼くも見える女性受付だ。しかしその態度は凛としていて、ベテランの貫禄を感じさせる。
「あぁ、マルトー工房にいた子ですよね?」
「そです、モンタナです」
「冒険者になったと風のうわさで聞いていました。……失礼、本日のご用件は」
「はい、私、特級冒険者のハルカ=ヤマギシというのですが……」
受付の女性は目を丸くしたけれど、姿勢を少しだけ正してそのまま話を聞く姿勢を取った。
「ここまで大型飛竜に乗ってきたのです。おとなしいのですが体が大きく目立つので、あらかじめ街の近くに滞在する許可などを頂きたいと思いまして」
「ご丁寧にありがとうございます。私では対応しかねますので、支部長とお話ししていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、お手数かけますがよろしくお願いいたします」
「では少々お待ちください」
席を立って奥へ引っ込んでいくのを見送ってからハルカはモンタナに話しかける。
「若いのにしっかりした方ですね」
「……ハルカ、あの人ドワーフです。若いかどうかはわからないです」
「あ……」
一応種族のことは学んでいるのだがすっかり失念していた。ドワーフの女性は基本的に背が小さいうえに、十代半ばくらいで見た目が変わらなくなる。それで寿命は二百年近くあるというのだから、外見で年齢の判断は難しいのだ。
「わからないけど聞けないから、ドワーフの恋愛は大変らしいです」
「あー……、いざ告白してみたら祖母くらいの年齢だった、とかあるんですかね」
「あるらしいです」
やや繊細な話題をこそこそと話しているうちに、先ほどの受付が戻ってきて、ギルドの奥へ案内される。
廊下を進むと、扉を開けて人族の男性が二人を待っていた。
「なんだか面倒な……、んん! 変わった話を持ってきたと聞きましたが……、とりあえずまぁ、中へお入りください。ああ、私、〈グリヴォイ〉冒険者ギルドの支部長の、パッソアと申します」
金髪を全て後ろになでつけ、顎髭を生やした男は優雅に頭を下げて、ハルカたちを部屋の中へ招き入れた。
『スキル〈ぬいぐるみ操作〉ファンシーすぎて使いづらいんだが』という変な短編あげてるのでよかったらご覧ください。
 





