初期メンバー
ナギの背の上で、モンタナは自分の出生からのことを語る。
マルトー工房の息子として育てられていたこと。
自分をドワーフだと思い込んでいたこと。
工房に来る冒険者たちの話を聞いて育ったこと。
鍛冶に打ち込み、やがて工房の弟子たちと折り合いが悪くなってしまったこと。
それからアクセサリー作りをはじめ、冒険者になるべく家を飛び出したこと。
断片的にそのような話を聞いてきたことはあったけれど、本人からすべてを話されたのは初めてだった。
当時のことを思い出しながらだったからか、時折長く間を空けながらの話を、ハルカたちは最後まで黙って聞いた。
「……〈オランズ〉でみんなと一緒になったのは、運が良かったです。最初はちょっと不安だったですけど」
「不安ってなんだよ」
アルベルトが文句を言う。喧嘩腰というよりも、拗ねたような言い方だ。
「ただ一緒の講習を受けただけですから、人となりなんかわからないです。それに……ハルカはずっとものすごい魔素を纏ってたですし」
「あー……、そういうことかー」
納得した二人と、少しだけ表情のひきつるハルカ。
「なにか隠してると思ってたです。でも悪いことしそうでもなかったですから、信じてみることにしたですよ。逃げなくて良かったと思ってるです」
「なんか、すみません……」
「ハルカ、街で会う前の日に、〈黄昏の森〉で魔法使ったですよね? 僕が街に来た時、魔素が空の上に渦巻いてたですよ」
「あ、あー……、はい、使いました……」
あの頃使った魔法と言えば、湖で浮かんだキャンプファイヤー魔法だ。とんでもない勢いと炎の高さに、ハルカ自身もビビり散らしたし、近くにいたラルフもそのとばっちりを受けている。
二人だけの秘密だと思い込んでいたが、実はここにもそれを観測している者がいたらしい。
「だから余計にちょっと警戒してたです。最初に部屋に入ってきたときも、どうしようかと思ったですよ。でもいつまでたっても不安そうにしてるだけだったです」
「あの時は……、モンタナがずっと石をいじっていたので、部屋を間違えたのではないかと思っていました。アルやコリンがきて、ちょっとほっとしましたね」
「だったら声かけてくれればよかったのにー」
「だよな。ハルカ誘ったのに最初逃げたもんな」
「あの時はまだわからないことばかりで……。でも声をかけてもらったおかげで、今こうして一緒に冒険者をしているんです。感謝してますよ」
「お互い様だよねー。誰かがいなくてもうまくいかなかったことありそうだし」
「そうだな」
互いに褒め合ったところで、最後に言葉を引き継いだのはモンタナだった。
「……ちゃんと冒険者してるですし、いい仲間もできたですって、皆に報告するためにいくってことです」
「もしかして、おめかししてきたほうが良かった?」
「堅苦しい格好は嫌だからな」
コリンがふざけて言うと、アルベルトが真面目腐った顔で突っ込みを入れる。先日の結婚騒動で着せ替え人形にされたのが応えているようだ。
「いつも通りでいいです。みんな冒険者には慣れてるですから」
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夜になる前に山のふもとで一泊することになった。
少し離れた場所には村もあるようだったが、わざわざ驚かす必要もないだろうと、その上空を飛び越えての野営である。
火の準備だけすると、それぞれが分かれて肉やら食べられる草花を探しに山のふもとを探索する。
こんな時肉を手に入れてくるのはたいていモンタナかコリンだ。
モンタナは身をひそめるのがうまいし、コリンには弓がある。
アルベルトは堂々と自分の身を危険にさらして大物の魔物を探すのだが、その成功率は高くない。
ちなみにナギは勝手に山の方まで飛んでいって夕ご飯を探している。
一番の大物はきっとナギがとってくるのだが、ハルカたちはそれを分けてもらおうとは思っていない。
獲物をわけてもらおうとすると、大きな図体で悲しそうな顔をしながら差し出してくれるのだ。とてもじゃないが、緊急事態でない限りわけてと言う気にはなれない。
ハルカはしゃがみこんで春の野草を取っていたが、背中側から聞こえた音に反応して障壁を張った。勢いよく飛び込んできたキラーラビットが、ぶつかって地面にコテンと転がる。
脳震盪か首をひねったのか、動き出そうとしないので、ハルカはそのまま刃物のようになっている耳をわしづかみにして仲間たちの下へ戻ることにした。
危ないので普通は耳を切り落とすのだが、ハルカの体は傷つかないのであまり関係がない。
ハルカの野草に関する知識は、旅の間に見聞きしたものと、時折〈オランズ〉の街の冒険者ギルドにある資料室で学んだものだ。今思えばあの資料室はイーサンの趣味が多分に影響しているのだろうとわかる。冒険者ギルドにある資料室にしては、資料が充実しすぎていた。
そんなことを考えながらハルカが野営地へ戻ると、妙な方向へ歩いていこうとするアルベルトを見かけた。
「アル、そっちは山の方ですよ」
「ん? ……おう、大物探そうと思って」
嘘か本当かはともかくとして、すでに肉は確保しているし、大物を取ったところで残した分をナギにあげるくらいしかできない。
「キラーラビットとったのでもういいですよ」
「お、まじか。んじゃ戻るか」
特別狩りをすることにこだわりがあるわけでもないアルベルトは、藪をかき分けてハルカの方へやってくる。一緒に冒険し始めて暫くは、なんでもかんでも競うようだったので、これも成長と言えるのかもしれない。
ハルカがまだ自分より小さかった頃のアルベルトを思い出してふっと笑うと、アルベルトが怪訝な顔をする。
「なんだよ」
「いえ、思い出し笑いです」
「年寄りくせぇなぁ」
「それなりにお年寄りですからね」
野営地に戻ると、モンタナとコリンも、その手にキラーラビットを持っている。
どうやらこの辺りはキラーラビットの群れでも住んでいるのかもしれない。
「……よっし、俺も本気出して狩りしてくる」
「あーはいはい、迷子になるだけだからもういいってー」
「コリンに言われたくねぇよ!」
「私は最近迷わなくなりましたー」
一人だけ薪をいくつか持っているだけのアルベルトは、流石に気まずくなったのか、踵を返して森へ戻っていこうとして、コリンに止められた。
軽くじゃれ合いながらも、アルベルトは薪を火のそばに並べ、もう一度藪へ戻っていく。
「んじゃこの辺で薪探す。飯よろしく」
「遠くいかないでねー」
「うるせぇ」
からかうようなコリンに文句を言いながらも、アルベルトはガサゴソと近くで薪をあさっては、ぽいぽいとそれを野営地へ放り入れるのであった。





