特任
冒険者ギルドの受付嬢もたまに新人が入るようで、ハルカのことをよく知らない子に、やたらと恐縮されながら支部長室まで通された。
普通の冒険者の手紙くらいだったらまとめて預かっているようだが、特級冒険者宛となると、その重要度も変わってくる。なくしたせいで国の存亡にかかわったなどと言われたらたまらないから、ちゃんと支部長が保管するようにしているのだそうだ。
「ちょっと待っていてください」
ラルフは鍵の束を取り出すと、金庫のカギを開けて中から封筒を一つ取り出す。赤い封蝋にはなんらかの模様が見えるが、ハルカにはそれが誰のものなのかなんて判別できない。
ただラルフが言うところによれば、オラクル総合学園からの手紙ということになるのだろう。
差出人は学園長のガリオン=グベルナー。
「俺の方では中を確認してませんので」
「ここで開けても?」
「構いませんよ、これどうぞ」
ペーパーナイフを渡されて、ハルカは慣れない手つきで手紙を開ける。元の世界だともっぱら鋏を使っていたし、こちらでは手紙のやり取りをすることが珍しい。
やや長めの手紙を広げて目を通してみる。
季節の挨拶から始まり、ハルカの活躍への称賛。それからオラクル総合学園の活動内容を報告するようなものが書かれている。
何のための手紙なんだろうと首を傾げそうになったところでようやく本題に触れられた。
それは、オラクル総合学園に籍を置かないかという誘いの手紙だった。
特級冒険者をやめろという話ではなく、その身分のまま冒険をしてもかまわないからということらしい。
なんでも【三連魔導】のジル=スプリングも一応オラクル総合学園に所属する特任教授なのだとか。
オラクル総合学園のメリットは、最前線で活躍する魔法使いと縁を持ち、情報収集の機会を得ること。また、有名な人物を取り込んでいるという事実。
ハルカ側のメリットは、後ろ盾を得ることと、学園の最新研究を知れること。それから定期的に給与が支払われることだ。
悪い内容ではないけれど、すごく魅力的かと問われると微妙なところだ。
何もしないのに給料をもらうというのもなんとなく気が引ける。
返事は急いでいないということまで丁寧に書かれていたので、ハルカはそれをまた綺麗にたたんで封筒の中に仕舞い込む。そして以前出会った時、ガリオンから名刺を渡されていたことを思い出す。
ハルカの魔法を妙に見たがっていた老人からの手紙だ。なかなか癖の強そうな人物であったし、うまいこと利用されてしまいそうな気も少しだけしていた。
ハルカもこの世界に来てから少しは疑り深くなったものである。
「オラクル総合学園で特任教授をしないかというお誘いでした」
「……あの、別に報告してくださらなくてもいいんですよ?」
「一応ご報告だけ」
「わかりました。そのような話が有ったことは憶えておきます」
ペーパーナイフを返しながらされた話にラルフは苦笑いだ。
知らなければ知らないで済むことも、こう律義に報告されてしまうと、何かあったときに無視はできない。ハルカにはそんな意図はなかったが、これでラルフはこの一件で面倒ごとが起こったときに多少なりとも責任が生じるようになってしまった。
「今日の用事はそれくらいですね。私は今からまた拠点の方へ戻りますが、他に何かご用事とかありましたか?」
「いえ、特にはありません。これはお願いですが、もししばらく遠出するようなことがあれば、その前に教えていただけると助かります。近くにいるかいないかだけ把握しておきたいので」
「わかりました。訪ね人とか来るかもしれないですものね」
「はい。現にハルカさんへの挑戦者みたいなのがたまに街に来たりしてるみたいなんですよ。そっちには行ってませんか?」
「あ……、今いますね……」
結婚騒動のせいで、ハルカはすっかりそのことを忘れていた。
「どうします? 来た時拠点にいるって伝えても大丈夫ですか?」
「えーっと……、こちらにご迷惑かけたくないので、それで構いません」
「わかりました。あー、あとですね、飛竜便の商会長が先日いらっしゃったんですよ。なんでもそっちの拠点に牧場と支店を作ってるとか? その関係で〈オランズ〉とのかかわりも増やしたいらしいんですが、それも問題ないですか?」
「その辺はコリンの方が詳しいかもしれませんが……、ラルフさんの好きなように交渉してもらって構いません。私たちは土地を貸してるだけで、特に飛竜便屋さんの後ろ盾とかではないので」
「そうなんですね。……やっぱり話すときはコリンに頼んで同席してもらった方がよさそうかな」
ラルフは独り言をつぶやきながら、デスクの上の書類をめくる。
しばらくしてはっと顔を上げてハルカたちに頭を下げた。
「あ、お引止めしてすみません。俺からの用事はこれだけです」
「こちらこそ、これ以上いてもお邪魔になりそうなので失礼します」
「わざわざ足を運んでいただきありがとうございました。何かあればまた」
挨拶だけして部屋を出て扉を閉めると、エリが歩きながら口を開く。
「めっちゃくちゃ忙しそうね。私にはああいうの向いてなさそう。商人じゃなくて冒険者になってよかったわ」
「でもラルフさんはこの仕事向いてそうですよね」
「……うーん、まぁ、あいつ頭いいしそうかも」
もともとラルフをそこまで好いてないエリとしては内心複雑なようだが、事実を捻じ曲げて見たりはしない。
「そんなことよりハルカってオラクル総合学園にちゃんと縁があるのね」
面白くない話題になってしまったと、エリはすぐさま話題を変えた。
「いえ、こんな手紙が来るほどではなかったはずなんですけど……」
「ハルカの魔法って私から見てもかなり変わってるから気になったんじゃない?」
「でも教えられることありませんよ。理論立てて魔法を使っているわけではありませんから」
「そんなもん、見せてもらったらこっちで勝手に工夫するわよ。よくやってるウォーターボールのお手玉みたいなの見てると、段々真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくるけど。真似しようとしたらそれだけで頭痛くなったわ」
「あ、見てたんですか」
「そりゃ私だって魔法使いだし。ま、ハルカの見てるよりは、ノクトさんの話聞いてる方が近道な感じがするわね」
「すみません、あまりお役に立てず」
「勝手に見て真似した相手に謝らないでよ。相変わらず腰が低いわね」
エリとする会話は途切れることなく続くので、ハルカも結構楽しんでいる。
さばさばした女性、という表現の仕方があるが、エリのような人物をそう呼ぶのだろうなと、ハルカはそんな風に思っていた。
 





