酒飲み話
コリンはしばらく飲んで騒いでいたが、二時間もした頃、唐突に立ち上がって長椅子に座っていたハルカの隣へ来ると、そのまま膝枕で眠り始めた。
眼の据わった状態で唐突なダウンだったもので、ハルカはしばらく心配して様子を見ていたが、やがて規則的な寝息が聞こえ始めたのでそのまま寝かせておくことにした。
アルベルトは少し離れた場所から様子を見ていたが、ハルカの下へたどり着いたのを確認して、同じテーブルにいた冒険者たちとの会話に戻った。
割とすぐに帰れるつもりでいたからユーリを拠点に残してきたハルカだったが、騒がしい宴会会場を見渡してまだまだ帰れなさそうだと思う。
コリンを担いで帰ることもできるが、きっと今日はそんな日ではないのだ。
イーストンは端の方の席で気配を消して静かに飲んでいたのだが、いつの間にか宴会に混ざっていた女性冒険者に見つかってしまったようで、絡まれてめんどくさそうにしている。
今となってはハルカも知らない顔まで混ざってきているから、もう収拾がつかなくなっていた。
ちなみにモンタナはずいぶん前からハルカの近くの椅子で、半分ずり落ちるようにして眠っている。相変わらずお酒を飲むとすぐに眠たくなってしまうようだ。
人の声が飛び交う中、店の入り口に下げられた呼び鈴の小さな音がハルカの耳に飛び込んでくる。目を向けてみると、少し疲れた顔のラルフが女性を連れて入ってきた。
どこかで見たことがあるなとしばし思いを巡らせてから、ハルカははっと思い出す。
昔々、まだこの世界に来たばかりの頃、ハルカに平手打ちをかましたラルフ大好き女性だった。その名をレナという。
「ハルカさん、お久しぶりです。アルとコリンが結婚したって聞いて、仕事切り上げてきたんですけど」
「あ、はい、そうですね……」
ラルフが挨拶をしてもハルカの視線はレナにくぎ付けだ。あの時の衝撃はいまだに覚えている。体のダメージではなく心にダメージを負ったのだ。何せ人生で初めて人に叩かれたのだから。その上『泥棒猫』と罵倒付きだった。
当時は夜に映える化粧をしていたレナだったが、今はすっきりとした落ち着いた表情をしている。そのお陰か、月日が過ぎているというのに、当時より若く見えるくらいだ。
「その節は申し訳ありませんでした。あの時の縁のお陰で、先日ラルフ様と籍を入れさせていただきました」
「……は、はい? え、ああ! 結婚されたんですね! おめでとうございます」
「ええ、忙しい中いろいろ支えてもらいまして……。もうすぐ支部長になりそうですし、家庭を持つことにしました」
意外なところとの結婚には驚いたけれど、ハルカとしては大変喜ばしい報告だった。
ラルフには懸想されていた時期もあった。応えることはできないので、そのまま続けられたらどうしたものだろうかと心配していたのだ。
「そ、その、お祝いとかは……?」
「きちんと支部長に任命されてからやるつもりでいます。今はまだ内々で仲良くしている者たちに伝えているところですね」
「はー……、そうですよね、ラルフさんももう三十ですものね」
「ええ。なんというか、長いこと心配をおかけしていたかと思いますので、ハルカさんには早く伝えなければと思っていたんです」
「ありがとうございます。それから、本当におめでとうございます。お忙しいでしょうから、そばで親身に支えてくださる方がいるのはきっと助かるでしょうね」
「ありがとうございますぅ」
穏やかな優しそうな顔。
しかしハルカはその顔が般若になるところを知っているので、どうしても少し気後れしてしまう。
「肝心のコリンは寝てるし、アルベルトは囲まれてるのかな。なら俺は戻って仕事をしようかな……」
「忙しいんですか?」
「……まぁ、やっと慣れてきたかなってとこです」
一瞬治癒魔法をかけてあげようかと思ったハルカだったが、ラルフの腕にひしと抱き着くレナを見て、余計なことをするのはやめた。藪をつついて蛇を出したくない。
「それじゃあ二人にはおめでとうとだけ伝えておいてください」
「ええ、わざわざありがとうございました」
「それから……ハルカさん宛にオラクル総合学園から手紙が来ていましたよ。開封していませんので、時間がある時にでも取りに来てください」
オラクル総合学園というと、研究施設があり、学者も多数在籍している世界で最も学術の発展している場所だ。
縁があるとすればテオドラとレオンの双子か、巨人のように背の高い学園長。あるいは将来有望な神子であるサラを連れてきてしまったことへの苦情が考えられる。
大穴で双子の叔母であるマルチナからという可能性もある。彼女の許婚がダークエルフの里へ行っているので、その関係での依頼という線もなくはない。
「明日……、もしいけなくても近日中には」
「はい、それでは」
いろんな可能性がハルカの脳裏をよぎったが、ひとまずラルフに別れを告げた。しばらくは拠点付近で暮らすつもりだから、機会はいくらでもある。
ラルフが去っていった後、エリがちびちびと酒を飲んでから口を開く。
「オラクル総合学園、ちょっと行ってみたいのよね」
「そうなんですか?」
「ええ。私家庭教師に魔法教わったんだけど、学術的に魔法体系を学ぶなら行くべきだって言われたの。冒険者の学校を開くにしても、魔法科は欲しいでしょ」
「そうですね……。行ったことはないんですか?」
「ないわね。実は国からあまり出たことないのよ。ハルカ達みたいにあっちこっち飛び回ってる方が珍しいんだから。ハルカはどう思う? やっぱ一度行ってみたほうがいいと思う?」
「どうでしょう。でも最初の旅の時にも詳しく教えてくれる子がいましたから、相当体系化はされているのでしょうね」
「へー、割と若い人?」
「当時は十三歳でした。今はオラクル総合学園の生徒のはずですよ」
「ふーん、やっぱり興味あるわね……」
静かな声で雑談を続けていると、アルベルトがいつの間にか輪から抜け出してきており、椅子を引いて対面側の席に腰を下ろした。
もはや誰の愚痴か祝いかわからないぐらい混沌としてきているので、アルベルトを引き留めるものも減ってきていたのだろう。
ちなみにイーストンは端の席で壁に寄りかかって半分目を閉じている。
元気な若者たちに席を詰められて外に出られなくなってしまったので、諦めて静かにしているようだ。
「コリン大丈夫そうか?」
「ええ、寝てるだけです」
「ふーん、酒強いんだな」
「まぁ、私たちよりはかなり。……アルベルトは、コリンのように悩んだりしてないんですか?」
「俺が? 別に」
「どうしてか聞いても?」
「どうしてって言われてもな……」
変な顔をしてゴリゴリと頭をかいたアルベルトは、そのまま腕を組んで、うーんと首をかしげてしまった。
 





