大切な日
エリは口に塩辛い干し肉を放り込み咀嚼する。
それから喉を鳴らしながら一気に酒を呷り、かつんと音を立てて木製のジョッキをテーブルにたたきつけ、袖で口元をぬぐった。
見た目の割に仕草が相変わらず乱暴である。
「なるほどねー、それでこの騒ぎってわけ」
酒を飲み始めてからすでに一時間が経過した。
エリたちを探して連れてきたハルカは、つい先ほど合流したところだ。いつの間にやら街の知り合い冒険者たちがたくさん集まってきていて、その真ん中でコリンが次々と酒瓶を空けている。
相当な酒豪だ。
隣で様子を見ているアルベルトの方が顔色が悪いくらいである。
今ではハルカも、お酒でも飲んでと提案したのが間違いだったかもしれないとはらはら見守っていた。
「私はちゃんとした相手なら、親が決めた相手でもいいけどね」
「そういえばエリのご両親って何をされてるんです?」
エリは仕草こそ乱暴だけど知識は豊富で、きちんと教育を受けてきた人物独特の論理的な話し方をする。だから当然両親もひとかどの人なんだろうと思って、ハルカは何気なく質問を投げかけた。
「ん、もう死んでるわよ」
「え……」
「話してなかったっけ? 私が八歳の時よ。結構ちゃんとした商人だったんだけど、両親一緒に死んじゃったから、残っていた使用人とか商売仲間だと思ってた奴らに家の財産はむしられたわね」
「すみません、軽い気持ちで」
「いいの、もう全部終わったことだし。裏切った人たちにはちゃんと報いを受けさせた後よ。ま、だから、親と喧嘩できるのもちょっと羨ましいわね」
エリの話を聞いて、ハルカは自分が両親と死に別れたときのことを思い出す。
両親が亡くなったと実感がわいた瞬間に、ほろりと涙が自然とこぼれたことを覚えていた。
親と正面から向き合わなかった自分。
親にいい子だと思われ続けて成長して、思春期の悩み事を打ち明けることも、反抗期に逆らうこともしなかった。
一人暮らしを始めてからはめっきり連絡をしなくなって、母親に催促されるまで顔も見せに行かない息子だった。
だからなんとなく、エリの言う羨ましいという気持ちがわかってしまった。
できるのなら、ここで怒りを発散してほしい。やられたことを許せないにしても、親と距離を置くようなことにならなければいいなと思うのだった。
「ま、珍しいことじゃないわよ。冒険者も商人も、命を張って街の外に出てるんだもの。だから私たちはその時々で悔いがないように生きるのよ。またねって言って別れて、また会えるかなんてわからないんだから。その点ハルカの場合、トラブルにあってもちゃんと帰ってきそうだから安心ね」
ハルカが黙り込んでいるのを落ち込んでいるのかと思ったらしいエリは、反応をあまり待たずにまた自分から話し始める。
「……エリも、危ないことしないように気を付けてくださいね」
「それ、冒険者にかける言葉じゃないわよ。夢があるのなら多少の無茶もする。でも死なないための努力を怠る気もないわ。ノクトさんの魔法を学ばせてもらってるのもその一環ね。それともハルカが守って養って、夢もかなえてくれるの?」
一瞬それも悪くないんじゃないかと頭によぎってしまい、ハルカは慌ててその考えを否定した。冒険者に、友人に、一人の大人に自分のエゴを押し付けるのはひどい侮辱だ。
からかうように言うエリが本気で言ってないことなんて誰が見てもはっきりとわかる。
「……それはできませんけど、困ったときに手を貸せるように頑張ります」
「何ちょっと悩んでるのよ、冗談よ、冗談。困ったときはちゃんと力を貸してってお願いしに行くわ。そんなことしてもらったら、それこそハルカのところに嫁入りでもするしかないじゃない。そんな与えられるだけの人生なんてごめんよ」
「冒険者らしいですね」
「そりゃそうよ。私の夢は冒険者の学校を作ること。今でこそ階級が負けてるけど、あなたたちに最初に冒険者としての歩き方を教えたのは私なんだから」
「そうですね。博識で……、あの時も結構厳しいことも言ってましたよね。実は私、アルたちが誘ってくれなかったら、冒険者になっても旅に出るつもりはなかったんですよ」
「魔法が使えるのに?」
「はい。街で地道に働いて生きようと思ってました」
「もったいない……。ま、でもどっちにしろそれは無理だったわね。忘れたの? そのすぐ後に私だって仲間にならないか誘ったんだからね」
「……そうでしたね。もしアルたちと出会ってなかったら、エリと一緒に冒険者をしていたかもしれません」
「たらればの妄想ね。そうだったらもっと楽しかったかもしれないと思うけど。ってわけで、はい乾杯」
話をしながらハルカのジョッキへエリが勝手に酒を注ぐ。
そして自分の分を持ち上げてハルカの方へ差し出した。
「たまには私とも飲みなさいよ。飲めるんでしょ?」
「……そうですね、たまには飲みましょうか」
ハルカもジョッキを持ち上げると、エリのものと軽くぶつけてそれを口元へ運んだ。
「パパのバカ! あほ! アルも一緒に言いなさいよ、ほら!」
「酔ってんだろお前」
「酔ってないわよ、言いなさいよー……!」
アルベルトはコリンにヘッドロックをされながらも、抵抗せずになされるがままになっている。今日は好きに騒がせる、そう決めての諦めの姿勢のようだ。
「でも結婚したのは嫌じゃねーんだろ?」
「嫌じゃないわよ!」
いつの間にか輪の中に入ってきていたチーム【抜剣】のアンドレが冷やかすように言うと、顔色が変わらないままひどく酔っているらしいコリンが大声でそれを肯定する。
「んじゃ結婚おめでとさん!」
アンドレの声に続くようにあちこちから祝福の声が上がる。
コリンはそれにいちいち返事をしながらも、荒ぶる気持ちは収まらないようだ。
「ありがとう! でもパパは許さないから!」
「コリン、おめでとう!」
「ありがとう!」
少し離れた場所にいるエリも周りに合わせて祝福の言葉を贈る。
成り行き上の結婚で、派手に式を挙げたわけでもなかったけれど、これはこれで冒険者らしい祝いの席だ。
祝福されて少しずつご機嫌になっていくコリンを見て、ハルカも笑いながらおめでとうと声を投げかけるのであった。
 





