神話のお勉強
その女性はマルチナと名乗った。ハルカ達と争うために姿を現したのではないそうで、喫茶店に立ち寄り話をすることになった。
職業は教師、学院の教師で歴史などを主に教えているそうだ。つまり、ダークエルフが破壊の神の使徒であると教えた張本人ということらしい。
「それにしても本当に羨ましいプロポーションだわ」
ハルカのことを見つめてため息をつき、彼女はお茶を啜った。褒められて喜んでいいのかがわからず、ハルカは無言でその視線を受け止める。
「そんなことより、私の教育の仕方が悪かったせいであなた達に迷惑をかけたと聞いて謝罪をしにきたんです」
彼女は立ち上がり、頭を下げる。
「この度は私の教育の不行き届きであなたに不快な思いをさせたこと、そして身の危険にまで及んでしまったことを謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
「ええ、はい、怪我もしてませんし、その謝罪については受け入れますが……」
どうにもわからない。こんな風に普通に謝罪のできる人がわざわざダークエルフについての悪い噂を流すとも思えなかったのだ。どう尋ねて見ればいいのか悩んでいると、マルチナの方から口を開いてくれる。
「元々……、別に私はダークエルフが悪いものだと授業の際に話したつもりはないのです」
そう話すマルチナの話は興味深いものだった。
遡ればそもそもこの世界の二柱の神の話になる。
この世界の創造は二柱の女神によって行われたそうだ。この女神は双子で、大陸を作り、島々を作り、そこに暮らす動物を作った。そして最後に知性を持つ生き物を作り出したのだ。
創造の神オラクルは最初にエルフを生み出し、それから人、そして獣人やドワーフ、小人を生み出したという。創造の女神オラクルはエルフによく似た姿をしており、自分に似たものから少しずつ別の種族を生み出したのだと言われている。
彼らは一様に物を育んだり作り出すことに優れている。
オラクルが生き物を生み出している間、破壊の女神ゼストもまた、同じような生き物を生み出していた。
ゼストが作ったのは破壊者と呼ばれる、好戦的な種族達だ。
二柱の女神はどちらも争う意思はなかったが、自分を模して作った物達はそうではなかった。
新しく物を作り出すことこそ素晴らしく、生き物には規則と思いやりこそ大切であると考えるオラクル。
物はいつか壊れるからこそ愛おしく、生き物は強く勇敢に猛々しく生きるべきだと考えるゼスト。
その思いを受け継いだ生き物達は互いに争い合った。その末が先の神人時代の戦争であったという。
神々は自分の作った物達に助言を与えることはしたが、その生き方自体には干渉をしなかった。もしかしたらそれが互いの中の約束だったのかもしれない。
最近の考古学によれば、破壊の神ゼストは、創造の神オラクルと同様に、生き物を生み出す時、最初に自分によく似たものを作り出したという。すなわちそれが、ダークエルフである。
「……というような話をしたのですが、どうもうまく伝わらなかったらしく、このような事態に」
「なぜ、うまく伝わらなかったんでしょうねぇ……」
軽く一時間にも及ぶ神話の話を、すっかり楽しく聞いてしまっていたハルカは、呑気にお茶を啜りながら相槌を打った。
「だから僕はそう言う話を授業でしないほうがいいって言ったんだよ」
話の途中でハルカ達を見つけて合流していたレオが、マルチナに向けて軽い口調でそう言った。
レオとテオは昨日の夜半にこちらに帰宅したそうで、コーディにハルカ達の居場所を聞いて訪ねてきてくれたらしかった。
「姉さんは先生に向いてないよ、すぐ授業脱線するし。やっぱり学園の研究室に戻ったら?」
「しかしスタフォードの家は、代々教育者の家系です……。誰かは教師になるべきでしょう」
「別にマルチナ姉さんがならなくてもいいでしょ」
誰かに似ているなぁ、と思っていたマルチナはなんとレオとテオの叔母だったらしいことを、合流した時にきかされた。話の途中で、ハルカも神話の続きが気になっていたので、さらっと流してしまっていたが、思わぬ偶然だった。
「それにダークエルフに個人的な思いもあったでしょ、姉さんは。そういうのって結構伝わるもんだよ」
レオの追撃に、マルチナがうっ、と怯んだ。
「個人的な思い、ですか? ダークエルフはこの辺りに姿を見せたこともないと聞いてますが」
みたこともないのにどう個人的な思いを抱くのだろう、とハルカは首を傾げる。レオに視線で話をするように促されたマルチナは、渋い顔をして口を開く。
「お恥ずかしい話なのですが、私には考古学研究を共にする婚約者がおりまして……。そのものが四年ほど南方大陸の遺跡に潜りに行って、まだ帰ってこないのです。そして、その報告の一環にダークエルフが破壊の神ゼストに近い姿をしているのではないかという報告があったのですが……」
そこまで話してからマルチナは深いため息をついて、肩を落としながら話を続けた。
「それから、私信の中にダークエルフはとにかくスタイルが良くて、美人が多いという話がなん度も出てきまして……、そういうのもありまして、個人的には、と言いますか、一方的にダークエルフの方が苦手になっていた部分はあります。……いえ、だからと言えダークエルフの方を貶めるような気はなかったのです!なかったはずなのですが……、申し訳ありません」
謝罪で締め括ったマルチナはすっかり意気消沈して、小さくなってしまった。それを追い打つようにレオがマルチナへ話しかける。
「そもそも、オラクル教の教えと違うことを授業で話しすぎだと思う。そのうち怒られると思うよ」
「オラクル教で教える神話と、先ほど聞いたものは違うのですか?」
「全然違うよ、喫茶店で大きな声で話すようなことでもないし……。ハルカさんが誤解するといけないからオラクル教としての公式の神話の話もしておくね」
そうしてレオが語ってくれたものはさっきのものとはだいぶ中身が違っていた。
創造神話の途中で仲違いした双子の女神は、南方大陸を取り合うように自分達の生み出した者を戦わせたというのがオラクル教での見解だった。
その際に創造の神オラクルは戦いたくなかったが、破壊の神ゼストの作った破壊者が攻めてくるので仕方がなく人々に戦いの術を教えた、ということになっている。
当然、破壊の神ゼストも破壊者も絶対的に悪者として語られているようだった。
はっきり言って、マルチナ達考古学者の見解は、異端審問にかけられてもおかしくないような内容であるようにハルカは感じた。
とはいえ、そういったベースがあったからこそ、破壊の神を模して生まれたダークエルフが、悪いやつだという認識に至ってしまったのだということは理解できた。
ちなみにオラクル教の公式見解としては、ダークエルフはエルフと同じように生まれて、地域差で肌の色が違うだけ、と考えられているそうだ。
歴史と宗教と学問というのは、相容れない部分が多くある。
隣の席で俺の考えた最強の剣技と俺の考えた最強の魔法、どっちが強いか論じ合っているテオとアルベルトをぼんやり見ながら、宗教はやっぱり難しいなぁとハルカはため息をついた。