功労者
戻ってきたニルと、一応ミアーも連れて、ハルカたちはドルの執務室へ戻る。上座を譲るドルに、仕方なく奥へ座ったハルカはこれからのことを考えていた。
ハーピーがリザードマンたちと暮らすことが決まったとはいえ、ついこの間まで敵同士だったのだ。その上今回の戦いでは犠牲者も出ている。
理屈で納得できるものばかりではないはずだ。
ハルカの一番の懸念はそこだった。
「リザードマンの里では、素直にハーピーたちの受け入れができそうでしょうか? ついさっきまで戦っていたわけですが」
「どうだろうな。狩りに連れていけば役に立つだろうから、それさえ理解できれば大丈夫だと思うが」
ニルがわかりやすいメリットを提示して答えると、それを受けてドルがハルカの表情を窺いながら続ける。
「陛下は戦いでの犠牲のことを気にされているのでは?」
「ええ、それもあります」
「あー……、こんなこと言っちゃなんだが、直接の死因はハーピー共じゃないしなぁ」
「ミアー達見上げテ歩いテテ、崖から落ちタやツいタ! 笑ッテタら、縄足に引ッ掛けられテミアー捕まッタ、ずるい」
「まぁ、そんなわけで、そいつのおかげでハーピーの大将を捕まえられたわけだ。そっからはこいつが気を失ったせいで、残りのハーピーどもも混乱して突っ込んできやがった。指揮が執れてりゃ面倒だが、そうじゃなきゃ儂等の相手じゃない。ある意味あいつは一番の功労者だな」
話をそのまま信じるのなら、間抜けなエピソードが重なって、大戦果を上げたということになる。
ハーピー達は今後戦闘に出ないほうがいいんじゃないかというエピソードだった。
「……あの、崖から落ちて、死亡の確認とかは?」
「してないぞ。生きてればそろそろ帰ってきてもいい頃だが……。戻らないなら探しに行ってやるか。なんにしてもあんな間抜けは、戻ってきたら兵士は引退だな」
「……あの、私探してきましょうか?」
「うーむ、まぁ、そうだな。事が落ち着いたし、儂らも探しに行ってやるとするか」
ニル達に言わせれば、戦士である以上、戦いの場では細心の注意を払わなければいけない。
ハルカの感覚だと、放置なんてとんでもないという話だったが、戦士的には、立派に戦って命を落としたと言ってもらえるだけ名誉である。
その上さっきまでは戦いの途中であったから、たった一人のために戦士全員を危険に晒すわけにはいかなかったのだ。
冷たいように聞こえるかもしれないが、ニルの判断自体は間違っていない。
「ミアーも手伝う」
「お前さんらが来たらあいつが顔出さんだろうが」
「なんデダ?」
「まだ休戦のことを知らんのだ。下手したら攻撃されてしまうぞ」
「間抜けの攻撃なんテ当タらない!」
「言うとくが、笑ってて捕まったお前さんも相当間抜けだからな」
「笑ッテるの捕まえるのずるい!」
ずるいずるいとミアーが騒いでいると、執務室のドアがノックされて、兵士が二人入ってきた。
「ああ、噂をすれば本人じゃないですか」
ドルが呆れた声で言うと、兵士にしては丸々とした体つきのリザードマンが体を小さくして頭を下げた。
「も、モル=ガ、た、ただいま戻りました……」
「あー、コロコロ転がッテッタやツダ! あはは」
ミアーが指差して笑うと、そのリザードマン、モル=ガは怒りもせずに肩を落とす。
鱗が少々剥がれており、あちこちから血が出ているが、致命傷はないようだ。リザードマンというのはなんとも頑丈な種族である。
「おう、生きてたかよ」
「は、はい」
「お前、もう兵士はやめろ。次はいつ命落とすかわからないぞ」
「そうします……」
大戦士であるニルにはっきりと通告されて、モルはがっくりと、その大きな体をさらに小さく丸めてしまった。
ハルカはそれが可哀想だと思ったが、ここは口を出す場面ではないなとぐっと我慢する。不本意とはいえ王となっているから、自分の発言が重いであろうことはなんとなくわかっていた。
軍事を任せるといったニルの言うことを安易に否定するのは良くないと判断したのだ。
「だが、まぁ……。お前のおかげで犠牲なくハーピーどもを捕まえられた。よく生きて帰ったな」
「は……! ありがとうございます、ニル様……!」
ニルがモルの肩に手を置いて帰還を喜ぶと、モルもようやく顔を上げて胸を張った。
今だなと機を見てハルカも立ち上がり、モルに声をかける。
「私も犠牲がなかったこと嬉しく思っています。よかったらその傷を治させてもらえませんか?」
「はっ、ははっ、陛下のお手を煩わせるのは……」
「治してもらったらいいでしょう」
「ど、ドル様がそうおっしゃるなら……」
遠慮しようとしたモルは、ドルの言葉でまた体を小さくする。
大きな体の割に気の小さなリザードマンだ。
ハルカはその肩に軽く触れて治癒魔法を施した。
「あ、ありがとうございます! すっかり元気になりまして、もう、本当に……」
「いえいえ、探しに行くのが遅れて申し訳ありません」
本来なら王が頭を下げるなんてあり得ないことなのだが、ハルカの腰の低さは筋金入りだ。ドルもニルも諦めて注意はしなかった。
「モル、兵士をやめるのなら頼みがあるんですが」
「は、は、なんでしょうドル様!」
「これからハーピー達が里に住むようになります。我々とハーピー達との折衝をしてほしいんです。今回の功労者に相応しい仕事でしょう?」
「へ、あ、あの、俺はそういうのは」
「あはは、ミアーはこの丸いのなら仲良くするぞ。面白いし、ミアー達は丸いの好きダ。ハニーも丸い」
「ほら、ハーピーの方からの覚えもいいようですし……、それにあなた、兵士を辞めてもやることないでしょう」
「う、あ、はい、そうです……」
「お願いできますね」
「はい……」
「というわけで、このような感じでよろしいでしょうか、陛下」
「あ、はい。内政に関してはドルさんにお任せしていますので」
「は、ありがとうございます」
ハルカは内心で、やっぱり自分はいらないんじゃないかと思っていたが、一応体裁を保つためにそう答えるのだった。





