力と君主
どうやらハーピーの子供たちはまだ空を飛ぶことができないらしく、結局その子たちもハルカが運んでいくことになった。気絶しているウペロペと同じ障壁の中へ入れてやると、その羽の中に勝手に体を潜り込ませて、隙間から顔を出して外を覗いている。
空を飛んでいる間、ハルカはハーピーの生態についてミアーに尋ねる。
「ハーピーの男性は少ないんですか?」
「少ない。群れに一人ダけ。ミアー達が生んダ卵、ハニーが温めて育テテくれる。ミアー達は獲物トッテきテ、ハニーが皆のご飯準備する。子育テも、全部ハニーがしテくれる」
「……ええと、ミアーさんたちって、女性が数十人いますよね?」
「いる。ダからハニーはいツも大忙し。ミアー達ハニー大事にする。子供よりハニーの方が大事」
ハルカはなるほどと頷いた。
つまり外に仕事に出ている妻数十人に対して、たった一人で家事育児をこなし続けるのがハーピーの男性の仕事なのだ。とてつもない激務である。
その上外敵が来た時堂々と戦えとか、勇ましくいろなんていうのは酷な要求であろう。
「群れの中に男性が生まれたらどうなるんです?」
「若いハーピーみんな新しい雄探しに出る。ミアー達はそこに残ッテ新しい若いハーピー来るの待ッテ、群れが大きくなる」
「つまり……、周りにいる皆さんは皆ミアーさんの姉妹ってことですか?」
「そう! 皆ミアーの妹! ハニーの群れ、まダまダ新しい。ダから、まタ新しい雄探すこトはデきタ。でもハニー好きダから、いきテテ嬉しい。ハルカありがとう」
「どういたしまして。私も生き残りがいて嬉しいです」
小鬼たちを殺したことは、先々のことを考えれば全く無意味なことではない。それでも、まだ起こっていない未来のために殺したと考えるより、生き残りを助けるために殺したと考える方が、まだハルカにとっては気休めになった。
それをしたことで喜んでくれる人がいたというのは、心の救いでもある。
選択したのが自分であっても、行動の結果がはっきりと見えるだけで気持ちが少しは違うものだ。
王として生きるのであれば、そんな小さな考え方は推奨すべきことではないのかもしれない。しかしハルカは、成り行きで王になっただけで、王としての自覚があるわけではない。
国の未来とか、付近の情勢とか、そんなことよりもごくごく身近な感情こそがハルカにとってのリアルなのだった。
ガ族の里では、ドルが東の空を見上げて、じっとハルカの帰還を待っていた。
周囲の警戒はしているから報告が来たら動き出せばいい。
実質やることがない空白の時間で、ドルはハルカについて考えていた。
ドルは、ニルがハルカを連れて現れたとき、なにも自分の代の時にこんなトラブルが起きなくてもいいじゃないかと思っていた。
数百年平和だったリザードマンの里だ。これからも変わったことなどどうせないのだろうと高をくくっていた。しかし、一昔前に偉く強い人が顔を出したことがあるというのを聞いて、もしそんな奴が現れたらどうするべきなのかも、考えていないでもなかった。
だからこそ、あの時とっさに、ハルカを王にするという決断をすることができたのだ。
その結果がどうなるかは、これから時間がたってみないとわからないけれど、今のところ大きく失敗したとは思っていない。
過去の資料を読み漁ってみるに、小鬼たちが大きく動くときは、小鬼たちの群れが肥大しすぎたときだ。きっとハルカが王になっていなくたって、いつかそのうち小鬼の群れは動き出していたのではないかとドルは推察している。
当時小鬼の群れが暴走したときは、リザードマンの里が三つ滅んだそうだ。その後小鬼たちは、〈暗闇の森〉の中でアンデッドたちと戦いみな死んだけれど、今回はどうなるかわからない。
どうにもならないようならば、里を一時的に捨てて息をひそめ、小鬼たちを暗闇の森の奥まで逃がすことすら考えていた。
しかし結局それは、ハルカたちの住む場所を小鬼たちに襲わせることになる。
ドルはその判断をハルカに伝える義務がある。
戻ってきたハルカの顔色次第で、説明の仕方を変えるつもりでいたが、できればいい知らせが帰ってくることをドルは期待していた。
やがて東の空にいくつものハーピーの姿が見える。
先頭には出かけた時と同じく、レジーナを背負ったちょっと間抜けなハルカの姿。
加えて横には丸っこい妙な塊が並走しているのを、ドルは確認した。
それらが次々と里の広間に着地し、ハーピーたちがわらわらと毛玉の周りに集まっていく。
騒がしくなった集団の中から、ハルカが抜け出してドルの下へと歩み寄ってきた。
「お疲れ様です陛下、首尾はいかがでしょうか?」
「見える範囲の小鬼はすべて殲滅しました。東の山道の一部を岩で完全にふさいでいます。こちらが落ち着いたら遺体を全て焼き払うために、一度現場へ戻るつもりです。多くの留守番のハーピーたちが亡くなっていましたが、彼女達の夫であるウペロペさんと、三人の娘さんだけ救出できました」
ハルカの口からもたらされたのは、期待していた以上の成果だった。
山道さえ塞いでおけば、すぐさまゴブリンの集団がやってくることはない。その間に恩を売ったハーピーたちに状況の偵察さえさせれば、困難な局面に対処ができる。
やはりハルカを王として仰いで正解だった。
そんなことを考えながら、ふとドルは気になったことを尋ねてみる。
「小鬼たちの規模はどのくらいのものでしたか?」
この短い時間で戻ってこられるのなら、それほどの規模ではなく、せいぜい数十から百名程度だろうかとドルは推測していた。
しかしハルカは眉をひそめて答えない。
「陛下?」
「千ぐらいじゃねぇの」
横からレジーナが口をはさむ。
「……千ですか?」
ドルが問い返したところに、ミアーがやってきて翼をばたつかせながら答える。
「ヘルカがなんかしタら、道にいーーーーっぱいになッテた小鬼、全部首がなくなッテ死んだ! ヘルカは強いぞ! ミアー達はヘルカの言うこトきく!」
「ハルカです」
「ハルカ!」
何かしたら小鬼の首が全部なくなって死んだ。
ミアーの説明が下手なのか、それとも自分の知らない何かがあるのか。それを確認するためにドルはもう一度ハルカに尋ねる。
「どういうことでしょう?」
「……魔法を使いました。風の刃を長く長く伸ばして、それを一斉に小鬼たちの頭部の高さに発射させました」
ドルはそれを想像して、ぞっと背筋が寒くなった。ドルが知っている魔法とは規模が違いすぎる。
そしてすぐに深々と頭を下げた。
「陛下の戦功と戦勝に感謝を。私は改めて陛下を王としていただいたことを幸いに思っております」
「ドルさん、そんなことやめてください。それよりも、これからハーピー達をどうするか、一緒に考えてもらえませんか?」
「陛下のお望みの通りに」
「ドルさん……、やめてくださいってば……」
ハルカはリザードマンの王でありたいと思ってはいないようだが、ドルとしては今更やめてもらうわけにはいかない。
しっかりかっちり、自分たちの主君としてこの里に君臨してもらうことを心に決めていた。





