獣的な生き方
「人、飛ぶのか!?」
「あんまり飛びません」
「ヘイカ飛ぶの速い、すごい」
「ヘイカではなく、私はハルカです」
「ハルカ飛ぶの速い、すごい」
「はい、ありがとうございます。場所がわからないので先導をお願いします」
「わかッタ」
しばらく一緒に飛んでみて分かったことだが、ハーピーの飛ぶ速度は特別速いわけではない。ハルカが本気で飛べばもっとずっと早く到着するのだから、急ぐのならば別の手段をとる必要がある。
ただ、飛ぶ生き物としてのプライドとかがあって、それを刺激してはまずいかもしれないなんて考えもハルカの中にはあった。
しかし今は複数の命がかかっている可能性がある。
ほんの少しだけ逡巡して、ハルカはミアーへ声をかけた。
「ミアーさん、私もっと速く飛べるんですが、抱えたら道案内してくれますか?」
「もット速いのか!? 急いデいく! 早く早く!」
「わかりました」
とにかく山の方へ向かって飛びながら、ハルカはミアーのことを後ろから抱えこむ。
「急ぎます」
「おう」
「早く早くうぅううううううう!」
しゃべっている途中に急激に速度が上がると、ミアーが悲鳴を上げた。
怖がらせてしまったかと反省しながらも、大きな声で声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「ヘルカすごい! もット速くなるか!? ぴゃああああああ」
声が楽しそうだ。
群れのピンチで急いでるはずなのに、今この瞬間は速く飛んでいることが楽しくなってしまったのだろう。最後の鳥のような高い叫び声も、怖がっているのではなく興奮しているだけのようだ。
後続をおいてぐんぐん山が近くなると、ミアーが指を差しながら「あッチ」とか「もットこッチ」とか言いながら先導をしてくれる。
やがて崖のような山肌が近づいてくると、小さな、しかし大量の緑色が見えてきた。
「ああ! ダめ!!」
ミアーが突然声を上げる。
「どうしました!?」
「あああ……ダめ、間に合わない。ダめダッタ」
どうやらハルカたちよりずいぶんと目がいいらしいミアーは、がっくりと肩を落とし、体の力を抜いた。
その間も飛び続けているハルカは、山肌近くまで来てようやくミアーの言っていたことが分かった。緑色の集団は、何かを囲んで座り込んでいる。
むしられた羽が散らばり、見える地面のところどころが黒く染まっていた。
急停止して見下ろすも、緑の小鬼以外に、動いているものは見あたらない。それどころか、座り込んでいる小鬼の周りには他の小鬼の死体もあって、それすらむさぼっている者がいる。
「ヘルカ逃げる。いっぱいいテ勝テない」
「ハルカです、ちょっと考えさせてください」
「ハルカ」
小鬼の数は数百ではきかない。
いつか見たアンデッドよりは少ないが、それでも相当な数がいる。
今までどうして食料を維持してきたのかが不思議なくらいだ。
視界の端ではすでに移動し始めている小鬼の姿も見える、山の向こうにではなく、こちら側に。
リザードマンたちの里へ向かってくるのであれば、邪魔をしておくべきだ。山を崩して道をふさいでもいいが、いずれあの大群はそれを乗り越えてやってきそうな気すらする。
それにしてもミアーは冷静だ。
感情的に思えるのに、巣が蹂躙されて家族がやられても、復讐に飛び出さず逃げることを選択させようとしている。
「戦わなくていいんですか?」
「今行ッテも負けテ死ぬ。リザードマン甘いけド、小鬼は全部食べる」
ハルカは目を逸らすようにしていた惨劇の現場を、改めてしっかりとみる。
すでに肉は殆んどなくなっており、あちこちに骨が散らばっている。
しばらく空に浮いていたことで、小鬼の一部がハルカたちに気づいたようで、指をさして騒ぎ立て始めた。
言葉が次々と重なって、何を言っているのかよく聞き取れない。
やがて届きもしない投石が始まり、それが外れるとゴブリン同士で馬鹿にしあい、あちこちで喧嘩がはじまった。もみ合い崖から転がり落ちていくものもいれば、殴り合いに勝利して、相手を食らい始めようとしているものまでいる。
「ハルカ、下ろせ」
ハルカが悩んでいると、背中から声がした。
レジーナは戦うつもりだ。そのために来たのだから当然だろう。
ハルカは首を振って答える。
「いいえ、私も行きます。生き残りがいるかもしれないので探します」
「どうせいねぇよ。……殺すの嫌いなんだろ、引っ込んでろ」
「……いいえ、降ります。ミアーさん、上で待っていてください。危ないと感じたら逃げて結構です。その場合は、リザードマンたちの里まで戻るといいでしょう」
そう言ってその身を離すと、ミアーは不満そうな顔をして宙に浮いている。
「レジーナいくら強くテも、数いっぱいデ勝テない」
「うるせぇ」
「ミアーさん、わかりましたか?」
「わかッタ」
頬を膨らましながら承諾したのを確認し、ハルカはまっすぐ小鬼たちの真ん中へ降り立った。周りに障壁を張っているので、飛んでくる石はハルカたちに届かない。
群がってくる小鬼の上に降りていく。
目をらんらんと輝かせて襲い掛かろうとしていた小鬼たちが、箱型の障壁の床部分に潰されそうになって、訳もわからないまま這う這うの体で逃げて散っていった。
障壁をぐるりと囲まれる、手のひらや原始的な道具でたたかれる。
さながらホラーの様相だ。
目を凝らしてみても、近くに生存者の姿は見えない。ただ、地面にころりと転がった小さなハーピーの頭部を見つけてしまい、ハルカはただ黙って顔をしかめた。
「嫌ならどっか行ってろよ、あたし一人でやる」
「いえ、やります。近くにいる小鬼を倒してから、障壁を解除します。いいですか?」
「いい」
ハルカは始まる前に深呼吸をと思い息を吸って、あたりの獣臭と血の香りに思わずむせそうになった。
余計なことをしなければよかった。
そう思いながらむき出しの欲望を見せつけている小鬼たちの間にいくつかの火球を浮かせた。
間をおかず爆発。
小鬼たちの体が爆ぜるのを確認して、ハルカは低く小さな声を漏らしながら障壁を解除するのだった。





