手羽先
「ああ、いいところへ来てくださいました、陛下。私の席で恐縮ですが、こちらへどうぞ」
「え、いえ、ここで構わないので」
立ち上がって席を譲ったのはドル=ガだ。
ニル=ハに比べるといささか線が細いが、それでも上背は変わらぬほどある。人族が近くで話すには首が痛くなるくらいに見上げる必要があった。
目つきの鋭いその前王のドルは、静かな動きで椅子から立ち上がりハルカに席を譲ろうとする。円卓の最奥にあるその席を断り、ハルカはすぐ近くの椅子に腰を下ろした。
執務室となっている新しい建物は、天井に十分余裕を持たせて作ったのか、大柄なニルも腰をかがめることなく中へ入ってきて、椅子をたわませながら腰を下ろす。
「完勝だ。捕虜が三十二、犠牲者一、軽傷者若干名ってとこだな」
「成程、思っていたよりは被害が少ないようで。さすがはニル様と言ったところですか」
「でないと追撃せんでもいいといったお前にねちねち言われるだろうが」
「……今でもする必要があったのか、疑問はありますが」
ドルはその鋭い目をそっと動かし、犠牲者という言葉に表情を曇らせたハルカの様子を窺う。この追撃は里全体のことを思えば悪くない手だったが、自分たちの頂く王がそれに対してどんな印象を受けるのかを考えたとき、ドルは積極的に同意できなかった。
案の定あまり芳しくない。
「犠牲、出てましたか」
「子供をさらわれるようなこともあったのだ、里のために命を張った奴も満足だろうさ」
「……私が王に就いたことで起こった争いなのだとすれば、正直責任を感じますね」
「いえ。これは里の方針をあずかっていた私たちの責です」
「どうでしょうか? ハーピーたちは、私が王になったと聞いて攻めてきたんでしょう?」
「それは……」
ドルが言葉に詰まると、今度はニルが腕を組んで胸を張る。
「陛下、それは違うぞ。陛下が王についたからこそ、この程度で済んだのだ」
「どういうことですか?」
「ドル、お前も分かってないのか?」
「……ご説明願います」
「仕方のない。ハーピーどもとの争いは長く続いたものだ。儂が王をしているときは、若干引け腰だったがな、だからと言って完全に諦めたわけではなかったはずだ。あ奴らは農耕をせんからな、儂らを支配下に置いて食料の供給を安定させたかったのだろ。代替わりした後は、小賢しい小鬼と、おだてられてやってきた阿呆オークまで来てたのだ、そうだろう?」
「……ええ、私の力及ばず」
「まあ卑屈になるな」
ドルがやや肩を落とすと、ニルは鷹揚にフォローを入れて続ける。
「それがどうだ、噂のお陰であの鳥ガラども油断しおった。儂の復活も知らずに、小鬼ともオークとも連携を取らずにいい加減に攻めてきた。返り討ちにして決着できたのだから、今後のことを思えば犠牲が少なくなったとも考えられよう? だから陛下よ、犠牲を悼むのであれば勇敢に戦ったことを讃えてやってほしい。勝利した戦士たちを褒めてやってほしい。それが王の務めだと儂は思うのだ」
「さすがはニル様ですね、私よりもよほど長に向いていらっしゃる」
「だから卑屈になるなと言ったろう。お前には儂にない良さがある」
二人の視線がハルカに集まる。
ハルカは目を伏せて静かに考えていたが、やがて静かにニルに尋ねる。
「私なんかが王だなんて、皆さん喜びますか?」
「何を言うてるのだ、陛下は我らの王だぞ。私なんかなどと言わんでくれ。最も強き者の称賛を喜ばぬ者など、リザードマンの戦士には存在しない」
ハルカもニルの言葉に腹を決めた。
形だけといえども王となることを受け入れてしまったのだ。戦ったものを称賛することこそが課せられた仕事ならば、それはしなければならない。
これも一つの成長と言えるだろう。
と、決意も新たにしたところで、外が騒がしくなり、やがて甲高い悲鳴が聞こえてきた。
ところでここにはレジーナがいない。
出ていったのではない。『めんどくせぇ話聞きたくねぇ』とのお言葉で、最初から入ってこなかったのだ。
まさかレジーナがあんな悲鳴を上げるわけがないが、ハルカたちも慌てて外へ飛び出す。
するとそこには想像もしえない光景が広がっていた。
レジーナが先ほどたたきつけたハーピーの足を掴み、檻の間から無理やり外へ引き出そうとしているのだ。
体が隙間から抜けそうになるのを無理やり引っこ抜こうとしている。
「レ、レジーナ、ちょっと待ってください、何してるんです?」
「あ? 食うんだよ、こいつ」
ぴゃー!!! と檻の中からものすごい悲鳴が上がる。
やめてやめてと懇願する声が響くが、レジーナの手の力はそんなものではちっとも緩まない。
「待って待って、待ってくださいね、ちょっと事情を聞かせてください、お願いですから、一度その手を放して」
レジーナは舌打ちをして涙目になっているハーピーたちを睨んでから手を放し、わざとカチンと歯で音を立てて威嚇した。檻の中のハーピーは慌てて端っこに固まって震えてしまっているし、周りで見ているリザードマンたちもドン引きしている。
「レジーナ? 何事でしたか? なんか嫌なことされました?」
嫌なことをされたからって人型の生き物を食べるという発想になるだろうか? そんな当たり前の疑問が繰り返し脳裏に浮かぶのを懸命に打ち消しながら、ハルカは冷静でいるよう努めながら質問をすることにした。
ハーピーを食べると言っているレジーナと普通に質問している時点で、周囲からしたらハルカもまた異常な人物なのだが、内心は大パニックのハルカはそれには気づかないのであった。





