いってきます、いってらっしゃい
「用事とか、チームでの活動とかないんですか?」
「ないわね。今はこっちにいるほうが得るものも多いし」
ヴィーチェとアルビナと一緒に、コリンとアルベルト、それにモンタナも〈オランズ〉の街へ向かう。
今回の拠点護衛依頼の完了報告と支払い、それから新たな職人の招致のためだ。
ついでに親御さんとゆっくりしてきてはとハルカが提案すると、二人はなんだか微妙な表情をしていた。
ところで、なぜかエリとカオルは拠点に残っている。
エリに関して言えば、ノクトの魔法講義が気になって仕方がないらしい。ユーリやサラに教えているのを熱心に聞いては、自分なりに理論をまとめたり実験したりしている。
この辺りは土地も広く、試しに魔法を使ってみるのにも最適なのだろう。
「拙者は! ……しゅ、修行のため」
「カオルは湯につかりたいだけよ」
「違うんでござるよ、拙者もハルカ殿に恩返ししなければでござるし」
「はいはい。それに今回のここの護衛でたっぷり報酬は貰うし。しばらくは依頼を受けなくても余裕で暮らしていけるわ。そもそもここにいるとほとんどお金出てかないし。迷惑かしら?」
どれくらいのお金が動いたのかハルカは知らないけれど、それなりに支払いがされる予定らしい。
実は【竜の庭】の経済状況をハルカはよく理解していない。
もともと詳細を把握していたわけではないのだが、資産が日本円にして数千万円を超えたあたりから、頭が混乱してきたのですべてコリンに任せている。
なんにせよ二人がいるからといって、困るようなことは何もない。
「いえ、ゆっくりしていってください。それと、カオルさんはいつでもお風呂使って構いませんからね」
カオルは「いや、拙者は」とごにょごにょ言っていったが、それが言い訳に過ぎないことはハルカでもわかった。
「で、ハルカはどっか行くんでしょ?」
「ええ、ちょっと東の方へ」
「なんかあるの? 〈暗闇の森〉にはあまり動物いないんでしょう? それより奥に行くと破壊者も出るって話だけど」
「その辺を見てこようかなと思ってます。私は空を飛べばすぐですから」
「あぁ、便利よね、それ……。私も使えるようにならないかしら」
「師匠は障壁魔法に乗って飛んでいますよ」
「あれも普通じゃないのよ、本当は。制御するのにえらく神経つかうんだから。ま、色々考えてみるわ。一人旅なんて珍しいんだから気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
そう、今回は珍しくハルカが一人でリザードマンの集落へ向かうことになっている。二手に分かれると大抵モンタナがついてきてくれるのだが今回は不在だ。
街で鍛冶場を建設できる職人を探すという話だった。
リザードマンの国へ向かうことは話していたが、互いに数日間はなれるだけだし、流石に一応は自分の国であるはずの場所で大きなトラブルもないだろうというのが、仲間たちの見解だ。
そんなわけでハルカが準備し終えて外へ出ると、なぜかレジーナが、おそらく帰ってきてから荷ほどきしていない荷物をもって腕を組んでいた。
「あたしも行く」
「……面白いことないかもしれませんよ?」
「行く」
どこにいれば一番トラブルが起きやすいか。
考えての決断が、ハルカについていくことだったのかもしれない。
そもそもリザードマンたちの考え方は、レジーナの考え方とよく似ているので、居心地が悪くないのかもしれない。
「じゃあ、まぁ、一緒に行きますか」
ハルカが言うと、レジーナがハルカの背後へ回り出す。
何事かと思い振り返ると、レジーナはさらに背中側へ回る。
それを繰り返し、二回転したところでレジーナがぶすっとした声をあげた。
「なんだよ」
「いえ、なんで後ろに?」
「二人で行くときは抱えられるか背中に乗るんだろ。モンタナが言ってたぞ」
たまに二人で話している姿を見かけるが、変なことを吹き込んでいるらしい。
モンタナからしたら、ただあったことをそのまま伝えているだけで、それをレジーナが曲解している可能性もあるけれど。
これを拒否したらレジーナがちょっと落ち込むのではないだろうか。
そんな、他人が聞いたら笑い転げそうな心配をして、ハルカは結局背中にレジーナをのせて飛ぶことにした。サイズ的にはコリンと大差ないレジーナを背負うことは、心理的な部分を除けば負担はまったくない。
飛んでいったハルカを下から見ていたエリが「何してんの、ハルカ」と呟いたこと以外は、まぁ平和な出立であったと言えるだろう。
森の上を飛んでいると、時折動物が葉を食べたりしてのんびりと過ごしている姿が見える。
もともと暗闇の森にはアンデッドがいついていたせいで、生きている動物が少なかった。しかし最近では鳥類や、少し大きめの動物も移住してきているのがわかる。
こうして少しずつ生態系が戻っていくのだろうと考えると、ハルカとしても感慨深いものがあった。
そういえばレジーナが仲間に加わったのもアンデッド騒動の時期だった。
「……レジーナは、仲間たちと暮らすのに慣れましたか?」
「慣れた」
「どうですか? 悪いものではないでしょう」
「…………めんどくせぇ時もあるけど、一人でいるよりゃ楽だ」
「……そうですか、良かったです。レジーナはやりたいこととかありますか?」
「強くなる」
「そうですね、強くなってやりたいこととかは?」
「…………わかんね」
長い沈黙の後返ってきた答え。
レジーナにはまだ難しい質問だったようだ。
ハルカだって自分の将来の展望なんかを聞かれたとき、はっきりしたビジョンがあるわけではないのだから、仕方のないことである。
「色々起こりますけど、先のことをちゃんと考えるのって難しいですよねぇ」
「そうだな」
リザードマン達とのことだって、ハルカはこれからどうしたらいいのかなんてよくわからない。
だからって見ないふりをしているわけにはいかない。
とりあえず現状を見極めながら、ちょっとずつ先のことを考える。
それが今の自分にできることだとハルカは思っていた。
 





