追い詰める
次の日の朝、予定通りにコーディが依頼書をもって宿を訪れた。
内容に一通り目を通してみたところ、昨日言っていた通りのものになっている。注目を集めているのを利用して、学院生たちの偏見をなくすというのが仕事内容だ。
「この依頼ってコーディさんにとってはどんな得があるんですか?」
「昨日も話した気がするけど、私は一応この国の外部との窓口みたいなところがあるからね。未来のある子供たちに妙な噂と偏見が広がるのは困るんだよ」
「本当にそれだけですか?」
コーディが見た目通りの穏やかな男でないことには、いい加減ハルカでも気づいている。今回のこともやけに準備がよく、何か事前に狙いがあったかのような判断の早さだ。誰かの為に働くことは嫌ではないが、それが自分や仲間の不利益につながりそうであるなら断りたいと思っていた。
こんな質問をして、コーディが素直に本当のことを語りだすとも思っていなかったが、もし本当に何か依頼内容以外の思惑があるとするならば、少しでも探りを入れておこうという考えだ。
「いやぁ、色々とあるけれど、君たちに迷惑をかけるつもりはないから心配しないでいいよ。私はわざわざ敵を増やして楽しむような人間ではないからね」
「……そうですか、ではがんばります」
ハルカの考えていることなどお見通しだったのか、牽制するような答えが返ってくる。どこまで信用していいものかわからないが、契約書に不備がない以上はこれ以上疑うのも失礼に思えた。
「それではよろしく頼むよ。私は今日もユーリ君についての調査でもしてくるとしようかな。……その件についても、そのうち協力してもらわないといけなくなるかもしれないからね」
立場のある人間というのは大概そういうものだが、方針を決めてからでないと他人にその話を振ってこない。その人物の部下であればそれにただ唯々諾々と従っていればいいものだが、こうして契約を結ぶ関係になってみると、その秘密主義は厄介なものであると感じていた。
日本にいた頃フリーランスで働いていた人々も、こんな気持ちだったのだろうか。そうだとしたらあの太々しさも納得できる。
コーディが楽しそうに仕事に戻っていく姿を見ると、いや、この契約も仕事なのだろうけども、やはり彼は仕事人間なのだなぁという思う。信仰に厚いのか、そういう性格なのかは微妙なところだった。
「今日はどうするですか?」
コーディの姿が見えなくなるのを確認してから、モンタナがそっぽを向いたまま声を上げる。
「普通に街をうろついてみましょうか、昨日いかなかった方を」
「歩いているだけでも報酬はあるみたいだし、この依頼はついでにやるくらいでいいんじゃない?」
「いや、どうせなら全員見つけてぶん殴ろうぜ」
「ですから、そういう暴力的なのは良くないですって」
あまり依頼内容と昨日自分の言ったことを理解していなさそうなアルベルトを窘めながら、席を立ち外に出る。そうしている間も、それから外へ出る間も、モンタナはずーっと同じ方向を向いており、宿の扉をくぐると、のんびりと視線を向けているほうへ歩き始めた。
「今日は向こうに買い物に行くんですか?」
ハルカが声をかけると、返事をせずにててててっと駆け出し、角を曲がって見えなくなってしばらくすると少年らしい声が聞こえてきた。
「な、なんだよ、ど、どけよ」
「一人見つけたです」
角から顔を出し、三人でのぞき込む。上からハルカ、アルベルト、コリンの順番だ。袋小路で壁を背にして少年が一人モンタナと睨めっこをしていた。少年が右から抜けようとすると、すすすっとモンタナもスライドする。少年は完全にたじろいでおり、逃げようとはするものの立ち向かうほどの勇気はないようだった。
モンタナのサイズが小さいため、遠くから見たらただ遊んでいるようにしか見えないが、少年は必死の様子だ。なにせ怖いダークエルフを監視していたら、その一味に見つかってしまったのだから。
友人のうちの一人が昨日ダークエルフを見つけて、そいつに返り討ちにされたという話を聞いた。
少年は慎重な性格だったが、臆病ではなかった。
まずは様子を見て、弱点を見つけて仲間たちに知らせてやるつもりだったのだ。
宿を突き止めて見張っていると、なんだか式典で見たことのある、えらいおじさんと話しているのが見える。大人はもう洗脳されてしまったのかもしれない。自分たちが頑張るしかない、そう思った。
すぐ横にいる小さい獣人が、絶対見つかってないはずなのにずーっと自分の方を見つめているのが気になる。まさか、まさかばれているのかもしれないと思い逃げ出そうか悩んでいると、ダークエルフの一味が外に出てこようとしている。慌てて路地裏に駆け込むと、そこは袋小路だった。
しまったと思い駆けだそうとした瞬間、駆け足の音が近づいてくる。まずいと思ってメインストリートへ出ようとしたときには、もう目の前にさっきの獣人の子供が現れていた。
後ろを振り返ってもさっき確認した通りのどん詰まり、前に抜けようとすると横にスライドするように移動する獣人に阻止される。
ひょこっと顔を出したダークエルフの一味に、逃げられないことを悟ってしまい、少年は顔を青ざめさせた。
ダークエルフがゆっくりと歩いて少年の前に現れる。
少年はその女の足元から顔までゆっくりとみて、思った。
おっぱいおっきい。
そんなのきいてない、おっぱい。
少年は勇敢で慎重で、そしてそれ以上にむっつりだった。