南方大陸、旅の総評
「南方は今そんな感じですかぁ。カーミラさんは吸血鬼騒動について何か思うことはあります?」
「私は知らないわよ? 全然関係ないんだから、本当に」
「誰もカーミラが絡んでるとは思っていませんよ」
「お姉様……!」
ノクトの話の振り方は多分ただの意地悪だ。
カーミラがおろおろするのを見て楽しんでいる。
「そんなことより、ノクトさんはハルカとかユーリの話には驚かないんだねー」
「世の中は色んな不思議にあふれてますからねぇ。それに僕、昔ほかの世界から来た方にお会いしたことがありますからねぇ」
「え?」
「その方は『元の世界へ帰る』と言って、ずっと遺跡巡りをしていましたよぉ。スコップこそが最良の武器だとか言っている変わり者でしたねぇ。生きているのなら、まだどこかで遺跡でも掘ってるんじゃないんですかねぇ」
「いるんですね……、そんな方も。何か帰るための秘密でも握っていたんでしょうか……?」
ハルカが腕を組んで首をかしげていると、皆が黙り込んでその様子を見る。しばらくして、誰も話していないことに気づいたハルカが顔を上げた。
「どうしましたか……?」
「や、ハルカも実は帰りたいとかあるのかなーって……」
「ああ、いえ、ないですね」
「ずいぶんあっさりとしてんな」
カーミラがあからさまにほっとすると、ユーリがその手をポンポンとたたく。
「前にも話しませんでしたっけ? 私はあちらに家族もいませんし、執着しているものもなかったんです。こちらには、ありますから、色々と」
コリンが立ち上がってハルカにすり寄った。
「そうだよねー、ハルカはここにいるよねぇ」
「ええ。ただまぁ、その人のように帰りたがってる人もいるかもしれませんから。暇なときに気にしておいてあげてもいいかなぁと思っただけです。大切なものをおいていきなり別の世界へ、なんて酷な話ですからね」
その場にいるほとんどの人間が、もしこの瞬間に突然別の世界へ飛ばされたなら、と想像して黙り込む。
その間に、ユーリが小声でカーミラに話しかけた。
「カーミラは、ママと僕が別の世界から来て、もともと別の性別だって知っても気にしないの?」
「驚いたわ」
カーミラは指先を合わせながら考えて言葉を続ける。
「でも、あまり私には関係がない気がするの。お姉様はお姉様だし、ユーリはユーリだもの。それを気にする人って、きっとあなたたちのことをよく知らない人ね」
「ありがと」
「あなたたちも、私が吸血鬼でも仲良くしてくれるじゃない。お互い様よ」
「そっか」
「そう思うわ」
「うん」
二人の話が続く中、ハルカたちの話も続く。
「岳竜グルドブルディンですかぁ。僕もハルカさんの姿には見覚えがありましたが、やっぱりゼスト様関係なんですねぇ。魔素が悪さ……ですかぁ。僕はあまり詳しくない話ですねぇ、しかし、まぁ」
ノクトが小さな手をたたいてパンと音を出す。
「失ったものはなく、成果は十分。本当によくできました、と言っておきましょうか。かの有名な【人鬼】と訓練もしてもらえたようで、良かったですねぇ」
「リヴさんって有名なんですか?」
「僕よりはよほど。数代前からずっと帝国で名を聞く人ですから。それにしてもあなた方はずいぶんと彼女のことを常識的だと評価しますねぇ」
「リヴさんいい人だったぞ、訓練してくれたし」
「最近の人は知らないでしょう。僕が聞いた話だと先々代皇帝の時期、彼女は【国崩し】と呼ばれていましたぁ。軍の最前線どころか、たった一人で前線にいるような人だったはずですよぉ?」
比較的穏やかで、訓練もしてくれて、気遣いもできる人だった。
しかしそれを聞くと、カロキアの城内を顔パスで歩いていたことも納得できる。
「やべぇ奴じゃん」
レジーナが焚火であぶっていた干し肉をかじって飲み込み、誰も言わなかった言葉を平気でつぶやいた。
「特級冒険者級が一国に肩入れしすぎるとぉ、戦力比がおかしくなるんです。幸い彼女は途中で戦に出ることをやめましたけどねぇ。しかし、どこかの国が別の特級クラスを雇っていたら、被害は増し続けていたでしょうねぇ。そんなわけで、我々特級クラスは、戦争においてはあまり一国に加担し続けないようにしているんです。目に余るようだと、冒険者ギルドから一応警告が行きますよぉ」
「警告無視したらどうなるです?」
「相手国に相性の悪い特級が派遣されたりしますねぇ。多くの場合クダンさんが行きますが。ハルカさんも気をつけましょうねぇ」
「あいつそんなに強いのか?」
「うーん……、僕が普通に殴られたことがあるくらいには。殴られたということは、クダンさんが手加減してなければその時点で死んでいたということですねぇ」
「何したんだよお前」
「ちょっと王国とけんかしてただけですよぉ」
レジーナとノクトのやり取りを聞いて、カーミラがユーリの耳元でささやく。
「【血濡悪夢】でしょ。知ってるわよ、王国に行ったら気を付けるように言われたんだから……」
「何したんだろうね」
「ちょっと教えられませんねぇ」
ユーリの疑問を耳にしたノクトは、ニコニコと笑いながら証言を拒否する。教育に悪いことであろうのは間違いない。
「さて、話はこんなものでしょうか。夜更かししてしまいましたが、しばらくはのんびり過ごせそうですねぇ。ああ、そうそう、最近オランズの街に挑戦者がきているそうですよぉ?」
耳なじみのない言葉にハルカが首をかしげると、ノクトは補足説明を入れる。
「特級冒険者が新たに増えるとですねぇ、我こそはというならず者とか一級冒険者が勝負を挑みに来ることがあるんですよねぇ。この拠点にはまだたどり着いてませんが、多分そのうち来るでしょうから、ハルカさんはちゃんと相手をしてあげるんですよ」
「えぇ……」
ろくでもない話を聞いたハルカは、表情をひきつらせる。もしかしてさっさと次の旅に出たほうがいいんじゃないかと考えてしまったのも、致し方ないことであろう。





