まずはのんびり
ハルカたちはそこから寄り道をすることなく、まっすぐ拠点へ向かった。
拠点の前にオランズの街が見えたが、そこも通り過ぎておよそ一時間と少し。森の中のぽっかりと開けた空間が現れた。
その中心にはいくつかの建物。
当時むき出しだった地面には、緑が萌え始めている。
出かけにはなかった縄張りや、建築中の家々が見えて、ハルカは時間の流れを実感した。
ナギがゆっくりと地面へ降りると、拠点に残っていた仲間たちが寄ってくる。
走ってきたのはサラ。
それから少し遅れてエリのパーティとノクトがやってくる。
どうやら特に何事もなかったようだ。
「お帰りなさい、ハルカさん!」
待ってましたという気持ちを全身で表現されると気分のいいものだ。ハルカは自然と笑顔をこぼしながら、サラの頭を撫でてやった。
「ただいま戻りました、皆元気そうで良かったです。エリ、変わったことはありませんでしたか?」
「ええ、特に何も。結構かかったわね。それに人が増えてるみたいだけど?」
「ユーリの血縁者の方です。今日からこちらで。……あの、ヴィーチェさんはどうでした?」
後半は耳打ちするように小声で尋ねる。
「ああ、まぁ、悪さはしてないわよ」
「失礼ですわね、私きちんと約束は守りますわ」
ぬるっと二人の間に体を割りこませたヴィーチェは、すました顔だ。
「……本当ですか?」
入り際についでに体を触られたハルカは疑惑の視線を送る。
「……お姉様、お帰りなさい」
ダルそうな顔をしながら、わざわざ出迎えにきてくれたカーミラは、後ろに見覚えのある男性たちを引き連れている。
「はい、皆さんも到着されたんですね」
「ひと月ほど前に来たわ」
カーミラは一定距離を保ちながら、どう見てもヴィーチェの方を警戒している。
ハルカの疑いがより深くなったところで、エリがフォローをする。
「本当にヴィーチェさんは何もしてないわよ。ただ、その人たちに交じって畑仕事して、たまにカーミラさんに褒めてもらいに行ってたみたいだけど」
「…………何してるんですか、あなたは」
「悪いことはしてませんわよ」
自分から触れないのなら、あちらから接触させようという作戦だったらしい。
確かに約束は守っているような気がする。
きちんと依頼をこなしてくれていた、と言って間違いないだろう。
「ええっと……、留守を守ってくださりありがとうございました」
「どういたしましてですわね」
胸を張るヴィーチェ。
なんとなく腑に落ちない感じはするが、世話になったのは間違いないのだから、しっかりお礼は言っておく。
「積もる話はあるでしょうけど、とりあえず荷物片づけたり休んだりしたら?」
「そうします。……師匠」
「はいはい、お帰りなさい、無事で何よりですねぇ」
「はい、無事に済みました。大きなトラブルにも、なっていないんですかね、一応」
「さぁ、どうでしょうねぇ。楽しいお話を期待していますよぉ」
「ちょっとうろうろもしてきたので、後で報告しますね」
それぞれが拠点の仲間たちに挨拶をして、一度自室へ戻り荷物を片付ける。
出迎えは互いの無事を確認できれば十分なのだ。
ナギの周りにも、拠点で暮らしている中型飛竜たちが集まって首を垂れたり、なにかガウガウ話をしたりしている。
すっかり群れの一番偉いポジションのようだった。
◇◇◇
ハルカは荷物を置いて拠点を見て回る。
ちょっと肩身が狭そうにしている飛竜の牧場。
先ほどスコット=ドラグナムに挨拶をされて驚いたところだ。本当にここまでやってきて牧場を作り始めたと聞いた。
商会長だというのにずいぶんフットワークの軽い男だ。
それからカーミラを追ってきた男たちは、今は畑仕事をしているらしい。
畑の規模が随分と広くなっており、その先頭に立って指揮をしているのはフロスだ。理にかなったことを言っているのか、男たちも真面目に話を聞いて働いている。
人が増えても拠点に穏やかな時間が流れていることには変わりがなさそうだ。
空を見上げると、ナギが編隊を組んで中型飛竜たちと〈黄昏の森〉へ入っていく。早速みんなで狩りに向かったようだ。十日近く空を飛んで帰ってきたというのに元気なことだ。
さすが生態系の頂点の一つである大型飛竜といったところか。
一通りぐるりと拠点内を見て回ったハルカは、今度は誰にも言わずにこっそりと露天風呂へと向かう。
帰ってきて楽しみにしていたことの一つだ。
外からどうやら誰も入っていないらしいことを確認して、いそいそと準備をすると、魔法で湯をためた。
使用中と書かれている木札を見つけ、扉の外へひっかけると、中へ入り閂をかけ服を脱ぐ。
体がひどく疲れたわけではない。
ただ、ぼんやりと何も考えずに湯につかる時間は、もともと日本人であるハルカにとっては、何とも言い難いリラックスできるものだ。
空はまだ水色で、もう間もなく日が落ちてくるような時間。
服を脱ぐと肌寒いが、かけ湯をしてから湯船の中へ沈みこむと、ジワリとすぐに体が温まった。
口元まで湯に入り込み、ぶくぶくと空気をはいてから、ふろ桶に寄りかかり空を見る。
いい気分だ。
ぼんやりとそうしていると、外から押し殺した声が聞こえてきた。
「ヴィーチェさん、ほんとにやめた方がいいですよ」
「女どうし! 女どうしですわ! 問題ありませんわ!」
「いえ、普段からそういう関係ならいいですけど、ヴィーチェさんはいつも体触って嫌がられてるじゃないですか」
「エリ、止めないで! こんな機会めったにありませんわ!」
ハルカは空を見上げたまま大きくため息をついて声を上げる。
「ヴィーチェさん、今勝手に入ってきたら、もう二度と口をききません」
「許可を取ればいいってことですわね!」
「許可なら出しません」
「エリ! あなたが邪魔するからばれてしまいましたわ!」
「絶交されなかったことを感謝してほしいんですけど……」
ハルカはそんなくだらない言い争いをBGMに、もういちど息を大きく吐いた。
拠点にお風呂を作ってもらってよかったなぁ、と心の中でクダンへ感謝を送りながら。
 





