村長さん
村人たちはナギを恐れて早々に解散してしまった。
ハルカたちも村の中でのんびりさせてもらうために訪れたわけではないので、外で野宿の準備だ。
しばらくして焚火を囲うハルカたちのもとに、村から一人の男がやってきた。そうしてハルカを見つけると、少し離れたところから大きな声で語り掛けてきた。
「儂は村長をしておるブロンプトというんだが、ちょいと邪魔してもいいだろうか!?」
「ええ、はい、どうぞ」
「いやぁ、それじゃあ遠慮なく。それにしてもでかい竜だ! 心臓が止まるかと思ったわい、がっははは」
近くで伏せているナギを見て、ブロンプトは豪快に笑う。
やや涼しくなってきたというのに胸元のボタンを全て開けた野性的な格好。顎髭がモサモサなのに、頭髪がないので、顔が上下逆さになったような印象を受ける。
五十も過ぎているだろうに、大きな目玉が焚火を受けてぎらぎらと輝き、活力に満ちた表情をしている。
体つきから、戦いを生業にしてきたものなのだろう。
廃村に移住してくるだけの度胸は十分にありそうだ。
「すみません、でも大人しいでしょう?」
「はっはは、そうだな、恐ろしく大人しいな! そんであんたらは、この村に縁があったんだったか? 生憎だが以前の村人は全滅だ!」
言いにくいことをはっきり言う男だ。ただこう言う男の利点は話が早いことだろう。
「ええ、知っています。故人を偲びにきただけですので……」
「なるほど! まぁ好きに見てってくれ。そんなにでかい竜を連れてると、かえって信用できるってもんだ」
「どういうことです?」
「良くも悪くもこんな辺鄙な村を襲うような小物には見えんということだ、はっはっは。それはともかく、オランズの冒険者なんだろう? 間違ってたら悪いんだが……、もしかしてあんたは特級冒険者の【耽溺の魔女】だったりしないか?」
「…………あの、はい。ハルカ=ヤマギシと申します」
「そーかそーか! ひとめ拝んでみたいと思ってたんだ! いやぁ、こんな美女だとはなあぁ、聞いた通りだ。あんたらアシュドゥルにはあんまり来んだろ? こりゃ運がいい、ありがたいこった! わは、わははは」
特級冒険者と気づいてもやけに友好的な男である。根が明るいのか笑い通しだ。
「良い噂ばかりじゃないでしょうに、歓迎してくださるんですね」
「ん? おう、ま、ちょっとあんたの知り合いに会ったことがあるんだよ」
「というと、どなたです?」
「オレークという男でなぁ。二十代半ばで冒険者になった変わりもんだよ。その割に生真面目なやつでな、妻と娘の三人暮らしをしている。いいやつだから、俺が冒険者を引退する前は、しばらく世話してやってたんだ。そいつが言うにゃぁ……、あんたは娘の命の恩人だと」
もう随分前の話に思える。
ノクトと出会って王国へ向かう途中、国境付近の山で出会った元兵士の男だ。
たしかにアシュドゥルで冒険者をすると言っていた。どうやら元気らしい知人の話を聞いて、ハルカは顔を綻ばせる。
「そうですか、オレークさんも、奥さんも娘さんも、お元気にされてるんですね」
「うーむ、確かにあんたにゃ魔女なんて呼び名は似合わんな。オレークの奴はあんたのためにアシュドゥル中を駆け回って、美味い飯屋を探し歩いていたぞ。今じゃあちょっとした通になっててな、飯屋のことはオレークに聞きゃあわかるってもんだ」
「そうですか、それはそのうち訪ねないといけませんねぇ……」
「出てきた俺が言うのもなんだが、冒険者が暮らすにゃいい街だぜ。あちこちに遺跡が埋まってるから生活にも困らん」
「遺物が手に入るおかげですか?」
「それもあるしな、学院の連中や商人が、金かけて調査してやがんだよ。遺跡にゃアンデッドがいたり、どういうわけか魔物やら小鬼やらが入り込んでたりしやがるんだ。その上よくわからん罠があったり、人型なのに鉄のように硬い化け物みたいなのがいたりする。護衛のために、冒険者の出番ってわけよ」
話を聞いていると、遺跡はまるでダンジョンのようだ。
もしかしたら昔は最先端の研究施設とか、軍事施設とかがあったのかもしれない。
ハルカはだんだんと興味をそそられて、最後には真面目な顔をしてふんふんと頷いていた。
「なぁんだ、やっぱ特級冒険者も冒険者なんだな。興味津々じゃねぇの」
「それは、まぁ、そうですね。ワクワクします、ちょっと」
「俺はなぁ、二級冒険者なんだがなぁ、一級の連中が大体とっつきづらいやつばっかだったから、特級なんてもっととんでもねぇと思ってたぜ。こりゃあ、認識改めなきゃいかんなぁ、がはははは」
「あー……いえ、確かに変な人も多い……かもしれません」
「お、やっぱそうなのか?」
「はい、あの、そうですね……」
「じゃああんたは特別ってことだ。まだなぁんもねぇ村だけど、ゆっくりしてってくれや。ついでに知り合いの冒険者に、この村のこと広めといてくれ。ちゃぁんと旅に役立つような村を作っとくさ」
「おー、おじさんちゃっかりしてるねー」
「わははは、つかえるものは特級冒険者でも使えってな!」
コリンがひょっこり顔を出すと、またブロンプトは体を揺らして大笑いした。
 





