たまには二人でお出かけも
「コリン、冒険者ギルドあっちじゃね?」
「ちょっとアルうるさい、今見てるから」
持っている街の地図と現在位置をじっくり見比べているのはコリンだ。アルベルトは退屈そうに街を歩く人々を眺めている。何一つ手伝う気がなさそうなのが逆に潔い。
カロキアに初めて来たときはずいぶん気を張っていたものだが、今ではそんな必要もない。モンタナやイーストンが何も言わないということはそういうことなのだと、アルベルトは判断していた。
今でこそコリンは真剣な顔をして地図を睨んでいるが、もともとはアルベルトより目的地への到着率が低かった。
アルベルトは、自分のできないことを自分でやろうとは思っていない。
どうせコリンとずっと一緒にいると思っていたし、コリンができることを自分が頑張っても仕方ないと思っていた。
金勘定も、交渉も、それから地図を見るのだって、コリンに任せていいと思ってる。
その代わり自分は絶対にコリンよりも強くなければいけないし、戦うときはその前にいると決めていた。
最近はどうも成長をしているのかしていないのかよくわからない上、たまに強者と戦うと自分の至らなさを思い知らされる。しかしそれと同時に、彼我の差がどれくらいあるのかも、なんとなくわかるようになってきていた。
わかるというのは、成長した、ということだ。
一緒にいるモンタナやレジーナが同じように強くなっていくせいでそれを実感しにくかったが、間違いなく強くなっている。
理想を言えば、コリンが戦いの場に立たないですむようにしたい。
アルベルトは通りにぼんやりと目を向けている。
そして思う。
勝てる、勝てる、勝てる、勝てる。
目に映る人間は、控えめに見ても一合で勝負が決する相手しかいない。
多分強い。多分強いのだけれど、どれくらい強くなったのかがわからない。
一級冒険者にふさわしいのか、それとも未だハルカのおまけでしかないのか。
そんなことを考えて目つきが剣呑になっていたのか、いかにも冒険者らしい男と目が合って、そいつが肩を怒らせて歩いてくることに気づいた。
けんかっ早そうな見た目をしている。
実力は多分、自分よりも劣る。
アルベルトは戦いになる前までは、意外と冷静にものを考えている。
ハルカやモンタナは絡まれやすい見た目をしているが、一度名が売れてしまえば逆に絡んではいけないやつだと認識されやすくなる。
アルベルトは逆だ。
普通の冒険者に紛れるから、簡単に喧嘩を売られないが、身分がばれずにけんかになる可能性は高い。
「なんだよ」
アルベルトが木箱から立ち上がり、先に声を発する。
若く見える顔立ちをしているからとやってきた男だったが、その意外な長身と鍛えられた体に、すぐさまこれは分が悪いぞと悟った。
逆に言えば、アルベルトをパッと見て、その実力を見極められないくらいの力しかないということだ。
男はアルベルトの近くまで来たというのに、さっと目をそらし、そのまま人ごみに紛れていく。
仕掛けてこないのなら追いかけて何かするほどの相手でもない。アルベルトは退屈そうにそれを見送った。
「よし、アル、行くよー!」
突然袖が引っ張られてアルベルトはバランスを崩した。
知らない相手が近くにいれば気を付けているのだが、コリンに何かをされるとつい昔のようにそのまま受け入れてしまう。
というか、割と大柄なアルベルトのバランスを平気で崩すくらい、コリンの力が強くて、相手の体幹をずらすのがうまいということでもあるのだが。
地図をしまってどんどん進んでいくコリンをちらっと見て、アルベルトは文句を言う。
「大丈夫かよ。ほんとにこっちで合ってんのか?」
「合ってる合ってる! 多分!」
「多分ってなんだよ」
「多分は多分! 別にいいじゃん、急いでないんだから間違っててもさー」
「あんだけ見てたんだから間違うなよな」
「文句言うならアルが地図見てよ」
見上げるように睨まれても怖くない。
「コリンに任せる」
「ったく、アルはさー、私が付いてないとなんもできないからね、しかたないなー」
「うるせぇなぁ、いいじゃねぇか、いるんだから」
「……ま、そうだけど?」
当たり前のように横にいるのが普通だと思っているアルベルト。
コリンもそれを否定しようとはしない。
コリンは小さなころからアルベルトの世話をしてやってきたと思っている。ただ、もっともっと小さなころは、アルベルトの後をくっついて歩いてたのを忘れたわけではない。
今だって手間のかかる幼馴染だと思っているけれど、一応頼りにはしているのだ。
無条件で自分の味方をしてくれて、じゃれ合うことのできる大事な幼馴染だ。
最近では昔憧れたアルベルトの父親に顔が似てきて、身長に関してはすでに追い抜いている。
落ち着きがないし、けんかっ早くて負けず嫌いだし、相変わらず地図を読もうともしない。
でも、アルベルトの足りない部分は自分が補ってやればいいかと思っていた。
冒険者になって一緒に世界中を回ろうと誘われたのはいつのことだったか。
いってしまえば、今はその夢の最中にあるのだ。
大変なこともあるけれど、毎日が充実している。
きっとアルベルトだってそれは同じはずだと、コリンは確信していた。
恋はない。
友情とも少し違う。
でもずっと一緒にいるんじゃないかと互いに思っていて、それに名前を付けるつもりも互いになかった。
「そろそろさー、オランズに帰ったらパパたちに話しないとダメだよねー」
「なんの?」
「んー、結婚相手」
「別に言われてからでいいんじゃね」
「だよねー、めんどくさいもんねー」
二人の間に気負うものは何もない。
だけれども、互いにほかの相手を考えているわけでもない。
ハルカたちも多分この二人はそのうち一緒になるんだろうなと、なんとなくそう思っている。
だからこそのこの編成でもあったわけで。
まっすぐに冒険者ギルドにたどり着いた二人は、そこで手続きを終えて、まだ昼のうちに帰路に就いた。これからのこととか、地元の話をしながらのんびりと。
そして帰り道の確認をしなかった二人は、当然のように迷子になり、帰ってきたのは日がとっぷり暮れてからになるのだった。
 





