お久しぶりですね
道に降りて歩くと、反対側からくる人が逃げたり隠れたりしてしまう。
そこでハルカが考えたのは、旅のグループを二手に分けることだった。分かれ道や食事の時は合流するとして、先行組がすれ違う人に一応連絡を、ナギを連れた仲間たちは後ろからという形だ。
割といい考えなんじゃないかと、雑談交じりに仲間と話してみたが、その案が通ることはなかった。
わざわざ戦力を分ける理由はないし、他人にそこまで気を使う必要もない。
当たり前の反論をされて、ハルカもその通りだと納得してしまったのでこの話は終わりである。
そんなわけで道の真ん中を堂々と歩いて進んでいったハルカたちには、何のトラブルも発生しない。賊も魔物も震えて森から出てこないし、誰かとあいさつを交わすことすらない。実に穏やかで平和な旅となっていた。
旅を続けて一週間。
もうそろそろお空の旅に切り替えようかという頃。
珍しく正面で立ち止まる人影を見つけたのは、少し先の茂みから飛び出してきたモンタナだった。
手には仕留めた兎をぶら下げている。
「なんかいるですね」
「お、珍しいな。隠れてねぇの?」
「警戒はしてるみたいだけどねー」
「このままゆっくり進みましょうか」
ハルカたちが前へ前へと進んでいく間も、その一行は立ち止まって様子を見ている。そしてだいたい相手の姿が確認できるようになってきたところで、あちらの方から声が上がった。
「あー! やっぱあの人たちだ! ほらね、イェット! あんなでっかい竜と一緒にいる人他にいないもん!」
小柄な女の子が、大柄な金髪をオールバックにした強面の男性の肩の上で足をばたつかせながらその頭をたたいている。お嬢さんやめなさいと言いたくなるような光景だが、男の方はさっぱり気にした様子がなさそうだ。
それどころかはっきりとハルカたちの姿を確認すると、ニカッといい笑顔を見せて少女と一緒に手を振ってくる。
「誰? 知ってる人?」
「あれは、イェットさんたちですね。【自由都市同盟】の冒険者です。ほら、以前拠点の近くに訪ねてきた……」
「あー、その人たちかー! へー、ほんとに若いんだ」
話ができるくらいに近づくと、以前会ったときとメンバーは変わっていない。
小柄な少年イェットと、妖艶な女性、ハルバードを担ぐ少女に、さっきの二人の五人パーティだ。
「お久しぶりです、ハルカさん。まさかこんなところでお会いするとは」
「はい、ひと月半ぶり、くらいでしょうか?」
「ええ、あの後すぐに南へ向かったんですが、皆さんはずいぶん前にお越しだったようですね。カロキアで噂は聞きました」
「噂、ですか?」
「ええ、お化け屋敷の庭に、大型飛竜とダークエルフの女性がしばらく住んでいたと。あっと……、はじめましての方もいらっしゃいますね。僕、【自由都市同盟】で冒険者をしております、イェット=ソードと申します」
丁寧に頭を下げたイェットを見て、コリンはハルカの脇腹をつつく。
「珍しいね、こんな丁寧な子」
「そうですね、でも実力者みたいですよ」
「ふーん、あ、私コリンね」
互いの自己紹介が終わると、ちょっと一休みという形で道の端によって歓談が始まる。
ナギがハルカたちに合わせて、自然破壊をしながら道からよけていく。わきにあった茂みがつぶれてしまい、軽い休息所みたいになってしまったのは副産物だ。後からくる旅人にはいいように使ってもらいたいところである。
「確かそちらは街へ戻るんでしたっけ?」
「ええ、結構長いこと離れてましたし、一度また拠点を中心に依頼をこなしていきたいなと。ハルカさんたちは今から北方へ戻るところですか?」
「はい、こちらも用事が済みましたので。この間までは岳竜街にいたんですよ」
「いい街ですよね、あそこ。僕たちもたまに遠征します、あ、ちょっと」
イェットが眉をひそめて注意した先を見ると、大柄の男と小柄な少女がナギの上によじ登ろうとしている。
モンタナやユーリが横で見ていることから、おそらく話はついているのだろう。ナギも首を回してみてはいるけれど、嫌がってはいないようだ。
「ああ、大丈夫ですよ。ナギも気にしてないみたいですし」
「あ、そうですか? 騒がしくてすみません」
「楽しそうでいいですけどね」
「なぁ、イェットよ。せっかく出会ったのだから、いつまでも無難な話ばかりしていないで、聞きたいことを聞いたらどうなんじゃ?」
イェットの隣に腰を下ろしているソフィリムと名乗った女性が、変わった口調で注意を促す。ハルカにはその下半身が蛇のように見えているのだが、どうもほかの仲間たちには普通に見えているようだ。
たしか遺物によって見た目をごまかしているという話だった。
「せっかく出会いましたし、答えられることでしたらどうぞ。いいですよね、コリン?」
「ん、んー……! ま、優秀な冒険者さんたちらしいし、今回はまけとこうかな!」
「はい、というわけで許可が出ましたので」
「ははは……、あー、えーっと、【エトニア王国】方面に動きがあるようなんですが、何事かなと」
旅をしながらでもしっかり情報を集めているらしい。
おそらくまだ帝国の軍部や、南方冒険者ギルドの上澄みしか知らなさそうな情報を手に入れているのはさすがだ。
「ああ、僕たち【自由都市同盟】の知人から、一度〈岳竜街〉へ向かうように言われているんですよ。それも、直線の道ではなくこちらのルートを使って。それでカロキアの軍部の様子を見ていたら、【エトニア王国】関連のようで。でも何かがあるのだとしたら、特級冒険者であるハルカさんたちが〈岳竜街〉から戻ってくるのも変だなぁと。これが僕が持っている情報の全部ですね」
「……ほんとに優秀なんだね、この人たち」
コリンは感心して声を上げた。
ハルカたちが特別な立場にいたからこそ得た情報の多くを、旅しながらにして得てきていることが分かったからだ。
「……どこまでお話ししていいかわかりませんが、確かに【エトニア王国】で何かが起きています。リヴさんによれば【自由都市同盟】の協力も仰ぐことになりそうだと言っていたので、もしかしたらその件かもしれませんね」
「人相手だったら、そんな協力は求められないはず……。だとしたら……」
「銀の武器」
眼を閉じて静かにしていたイーストンが突然口を開いた。
「銀を練りこんだ武器がね、人気になりそうだから、君たちも準備しておいた方がいいかもね」
「銀製の武器……吸血鬼……?」
イーストンのことをじっと見てから呟いたイェット。武器の話とそれを話した人物の容姿から、それを連想するのは当然だった。
細く目を開いたイーストンは、薄く笑う。
「ま、僕は銀の武器の相場の話しかしてないけどね」
「…っ、ありがとうございます」
「どうやら、面倒そうな話だのぅ……」
ソフィリムが空を仰ぎ呟くと、その長い尻尾の先が、ぱたりぱたりと力なく地面をたたく。
他の誰にも見えないその動きを、ハルカだけがぼんやりと視線で追いかけていた。





