大事と蚊帳の外
「お帰りなさいカトルさん。荷物を見るに、無事必要なものは回収できたようですね」
「ええ、おかげさまね! 【雷鳥の気まぐれ】も護衛依頼に頷いてくれたわ」
「それは良かった。出発はいつ頃になります?」
「明日にでも」
「早いですね」
「ええ、急がなければいけない理由ができたの。馬車に、私が知っているより遥かに多くのお金が積まれていたわ。それから処理し忘れた密約書が一枚」
「密約書?」
それらが意味することがわからず、ハルカは鸚鵡返しに問い返す。この辺りの勢力図も状況も知らないので仕方がない。
「ええ、燃やし忘れでしょうね。小国と合力してうちを攻める約束を交わした手紙だった。余分な金はそのために用意したものでしょうね。下手をしたら【砂の蜥蜴】抜きにしても【マハド王国】へ攻め入ってくる可能性があるわ」
「……それで急ぎですか」
「ハルカ、あそこにいる人たちも傭兵なんでしょ?」
カトルが遠くで待機している【旋風団】を見やる。
「そうですが……?」
「彼らにも護衛の依頼を頼めないかと思って」
「それは、自由だと思いますが」
「それを、ハルカを通してお願いしたいの」
「なるほど……?」
ハルカを通してお願いする。つまり、裏切らない保証にハルカを利用したいということだ。はっきり言わなくたってそれは理解できる。
ハルカは利用されることに、特に否やはなかったが、なぜ自分たちに頼まれないのかが不思議だった。
金銭面は随分と潤ったようだったから、おそらく自分たちにもお鉢が回ってくるのかなと思っていたのだ。どうするのがいいかと、勝手に先行して考えていたせいで反応が遅れる。
「図々しいお願いだとはわかってる。でも、余裕がないのよ……!」
「……あ、いえ、それは全然構いませんよ」
「いいの!?」
「はい、いいですよ」
頭を下げたカトルに、余計な心配をさせてしまったことを反省しながら、ハルカはあっさりと頼み事を了承する。
「しかし、てっきり私たちに力を貸してほしいと言ってくるとばかり思っていました」
「できることならそうしたいけど……」
「できない理由があるんですね? 金銭面の問題以外にも」
「……あまり気分のいい話じゃないと思う。うちも含む南方の小国って、戦争に冒険者を交えたがらないのよ。護衛くらいならまだともかくね。ほら、元々傭兵してたって王も多いし。あと、いくつかの小国は特級冒険者の機嫌を損ねて滅ぼされたりしてるし……」
「あー……」
どこかで聞いたことのあるような話だった。
「あたしが生まれるちょっと前にも、かなり大きい国が滅んだらしいのよね。エルフの魔法使いがふらっとやってきて、帰った頃には王族がみんな殺されてたって聞いたわ」
「あー……」
該当人物の顔まで浮かんだハルカは、やはり間の抜けた声を上げることしかできなかった。
「だから特級冒険者の力を借りた、なんて話になったらまともな国交が築けるとは思えないの。個人的にハルカたちに思うことはないわ、むしろ感謝しかない。でも小国には小国の事情があるのよ」
「いえ、ご事情お察ししました。……【旋風団】の方さえ了承していただければ、なんとかなるということですね?」
「トルスさんによれば、【雷鳥の気まぐれ】も【旋風団】もかなり規模の大きな傭兵団みたいね。二つ合わせて人数引き連れていけば、仕掛けようって気持ちは挫けると思うわ」
南の小国の兵士の数は少ないところで百程度。多くても数百というのが普通だ。数千を動かせるのは、余程の大国。万となると、北方南方合わせても数えるほどしかない。
【雷鳥の気まぐれ】と【旋風団】で戦闘要員をかき集めると、それだけで八十人程度になる。
傭兵団と密約を交わす程度の小国を牽制するには十分な数になる、というのがカトルの計算だ。
「わかりました。それじゃあボンドさんに頼んでみましょうか」
「……ハルカ、利用するようなことをされて嫌じゃないの?」
不快感がないかと聞かれると、実は本当にこれっぽっちもないというのがハルカの心情だ。
カトルのことは嫌いでないのだ。
よろしくと一言添える程度でより安全に旅ができるというのなら、渋る理由など何一つない。
騙されてやらされるでも、強制的にということでもない。
「不満があるとすれば……、ここまで内情を知っているのに、手を貸せないことくらいでしょうか」
「そうね。妙な慣習がなければ、依頼をもらえたかもしれないのにね」
うんうん、と横で腕を組んで頷くのはコリンだ。商談らしいことが始まると、ちゃんとハルカの横に待機している。よっぽど変なことを言っていればコリンが止めてくれるので、ハルカとしてはとても安心である。
もうすっかり歳上としての威厳なんてものは忘れてしまったようだ。
「ま、紹介料とかもなくていいんじゃないかな。ほら、カトルさんは王女様なわけでしょ。どこで何があるかわからないからね、縁をつくっとくのも大事!」
「そうやって明け透けに言ってもらえると、かえって安心するわ」
「だよねー、ハルカってちょっといい人すぎるから、逆に心配になるんだよねー」
「すっごくわかる」
ハルカを挟んで意気投合する二人。年も近い女性同士だし、気が合うのかもしれない。ハルカはとても居心地が悪かったが。
【旋風団】の方を向いて話していたので、何か用事があるのかと、ボンドが怪訝な表情で歩み寄ってくる。
さっきまで恐ろしい訓練をしていたハルカたちだが、それが終わってしまえば上級冒険者たちには見えないからたちが悪い。
ボンドは、きっと自分たちの他にも見た目に騙されて酷い目にあった奴がいるんだろうと考えながら、あくまで腰を低くしたまま声をかけた。
「なんか俺たちに用でもあるのか?」
傭兵の腰の低さなんて、どんなに気を使ってもこの程度である。
「ええ、こちらのカトルさんが、国へ帰るための護衛として【旋風団】を丸々雇いたいと言っているんですよ。話を聞いてあげてもらえますか?」
「……ほう、そりゃあいい話だ。聞かせてもらえるか?」
街にはなぜだかちょっと馴染むことができたし、拠点も確保してある。あとは新しい依頼と思っていたところに、特級冒険者からの紹介依頼だ。
治癒魔法使いは仲間にできなかったとはいえ、【旋風団】にとっては瓢箪から駒のいい話を、みすみす逃す手はなかった。





