今日の成果
戦いが終わると、治療しているハルカの近くに全員が集まってくる。
腕を組んで首をひねりながら口を開いたのはアルベルトだ。
「見えてる攻撃はぎりぎり致命傷をもらわねぇようによけた、なのに負けた。なんだありゃ」
「普通の攻撃の後に、変な魔法で攻撃されてんだよ」
レジーナが仏頂面で、八つ当たりをするように強い口調で答える。
「しかも呼吸がずらされるです。こっちの動き見てから一番いやな時にやってくるですよ」
モンタナの解説に対して、アルベルトはさらに疑問を呈した。
「待てよ。リヴさんって身体強化してるよな?」
「ちょっとしてるです」
「だったら、魔法使うのおかしくねぇか? 同時には使えねぇって話じゃなかったか?」
戦いに関することだとアルベルトも結構しっかりと覚えているようだ。双子のレオによれば、魔法と身体強化を同時に使うのは、とんでもない曲芸をするような神経を使う作業だという。
そんなことをしながら戦うのなんてもってのほかだというのが、最先端の学問を進めている研究機関での意見だったはずだ。
「でもしてるですよ。ハルカもしてるです」
「できねぇ、じゃなくて、めちゃくちゃ難しいだけなんじゃねぇの?」
どうなんだよ、と挑戦的な視線を向けられたリヴは、わずかに笑いながらその話し合いを見ているだけで、口を挟もうとはしない。
そう簡単に種を明かすはずがないのはレジーナも分かっているので、それ以上しつこくすることはないが、むすっとした表情は変わらずだ。
「……それがなかったら勝てた、ってわけでもねぇけどな」
リヴの実力を認めるような発言をしたアルベルトの言葉に、モンタナは頷きレジーナは眉間の皺を深めた。反論の言葉が出ないということは、それぞれが同じように思っていたということだ。
「変な手使わねぇでも勝てたのに、見せてくれたってことだろ。リヴさん、ありがとな」
「さっさと終わらせてやろうと思っただけだけどな」
礼を言われたリヴは、すぐに踵を返すとぶっきらぼうに言葉を投げ捨てて屋敷の中へ戻っていった。
ハルカたちは黙ってそれを見送ったが、屋敷の扉が閉まるとモンタナが小声でつぶやいた。
「照れてたです」
それが聞こえたハルカは、リヴのなんとも冒険者らしい不器用さにこっそりとほほ笑んだ。
やる気に火がついてしまったのか、それから先はもうずっと訓練が続く。ハルカもそれに付き合わされて、午後の間いっぱい魔法を使い続けていたのだが、やがてそこへカトルと、荷物を抱えた【雷鳥のきまぐれ】の面々が戻ってきた。
ちなみに草むしりを終えた【旋風団】の面々は、庭の端に座ってある者は口を開けて、またある者は時折空を仰いで目をそらしながらハルカたちの訓練を眺めていた。
途中でコリンも外へ出てきたが、やけに熱の入っている三人の訓練には参加せずに、庭の端でユーリに体術を教えていた。
そんなコリンが最初にカトルたちの帰還に気が付き声を上げる。
庭の真ん中でかなり本気でつばぜり合いをしているレジーナとアルベルト。上から押しこむアルベルトに対し、下から潜り込んで一撃いれてやろうと企んでるのがレジーナだ。
アルベルトもそれに気が付いたのか、今度は距離を取るために力の方向を、レジーナを押し返すように切り替える。動きが少ないながらも、二人とも激しい攻防を繰り返している。
ジワリと両者の額から汗が垂れるが、二人とも瞬き一つしない。そんな気迫が帰ってきたカトルたちにも伝わったのか、全員が門をくぐったところで体を硬直させてしまった。
「アル、レジーナ、いったん訓練をやめましょう」
ハルカが声をかけると、アルベルトがじろりとレジーナを睨む。
「おい、退けよ」
「…………」
「終わりだって言ってんだろ」
「…………」
口を開くたびにじわりじわりと不利になるアルベルト。
「この……!」
アルベルトが再び腕に力を込めたところで、キリがないと思ったハルカは、歩いてその間に割って入った。
「はい、終わりですよ」
平気で武器を手で押しやったハルカを見て、カトルは驚いて目を見開いたが、当然のようにハルカの体には傷一つない。
「レジーナ、終わりっつったら終わりだろ」
アルベルトに突っかかられてもレジーナは知らん顔で鼻を鳴らす。
「お前が力を抜いたらやめてた」
「ホントかよ」
「本当だ」
何度かそれでモンタナに騙されているアルベルトは、ちょっと疑り深い。
モンタナもかなり負けず嫌いなので、忘れたころに訓練が終わりそうな雰囲気なタイミングで不意打ちを仕掛けることがあるのだ。
そのせいもあってか、アルベルトはモンタナに結構な回数負け越している。
モンタナもその自覚があるのか、二人の言い争いを見ないふりだ。
「続きをやるならまたあとで」
ハルカは軽く二人に触れて治癒魔法を施してから、カトルのもとへ向かう。
ぎりぎりまで戦闘訓練をしていた二人を後ろに引き連れているせいか、穏やかな表情で歩くハルカですら、なんとなく威圧感があるように見える。
カトルはそう思ってから、いや、実際にハルカは特級冒険者で強い人なのだと考えを改めた。
のんびりとした性格をしているせいでつい気安くなってしまうのだが、ちゃんとしなきゃいけない。きりっとした表情で姿勢を正したカトルは、ハルカに伝えることを頭の中で復唱するのであった。





