不可思議な一撃
格上相手に受け身に回っては勝てない、そんなことは考えるまでもなくアルベルトは理解していた。
走り出すと同時に選択肢が自然と脳裏に浮かぶ。
ぎりぎりまでその選択幅を狭めずリヴの動きを観察していたが、結局ほんのわずかな筋肉の身じろぎも捉えることのないまま、薙ぎ払うような一撃を放った。
リヴの対応次第でここからまた動きを練り直すつもりだ。
リヴの足が閃く。
下から大剣を蹴り上げようとしていることまで確認して、アルベルトは衝撃に備える。
足と金属の大剣がぶつかり合ったとは思えないような鈍い衝撃音。
わずかに浮いた剣の軌道の下へリヴが潜り込む。
アルベルトは浮いた剣を無理やり押さえ込み、リヴの頭上へ剣の平を打ち下ろす。間に合わずさらに入られたとしても、拳で頭部を叩き落とすつもりでいた。
しかしリヴの動きが予想よりはるかに速い。
ぐるりと横に回転した体から、しなる足先が飛び出してきて、つま先がアルベルトの顎に迫る。
直撃。
そう見えた一撃だったが、アルベルトは体をそらすことでかろうじてその威力を殺す。無理やりの動きに背中と全身の骨がきしむ。顎にかすった一撃がわずかにアルベルトの脳を揺らした。
ぐらりと揺れる視界の中、アルベルトは次の動きへ移る。
リヴが上下さかさまになっているうちに、捕まえてしまえとアルベルトが柄から右手を放そうとした瞬間だった。
よけた先の足先から、謎の追撃が飛んでくる。
蹴りほどの威力ではない。
しかしそれでもなお、その一撃はアルベルトの意識を完全に一瞬奪い去った。
アルベルトの知覚する時間が吹き飛ぶ。
その間に一回転したリヴは、次の一撃を放つには十分な体勢を作っていた。
溜められた拳を見て、アルベルトは身体強化を腹部へ回す。
狙いは間違っていなかった。
鳩尾にめり込んだ拳。骨のきしむ音。
こみ上げる嘔吐感と、肺から絞り出されるようにして消えた空気。
しかしそんな状況でもアルベルトはうまくやったと思っていた。
一瞬で落ちなかっただけ、まだ戦える。
わずかに残った呼気を使って、反射のように剣をふるおうと力を込めた瞬間、謎の二撃目が再びアルベルトを襲った。
戦うための呼気がすべて吐き出される。
体が意思に反して折れ曲がる。
反撃のために腹部に集めた身体強化を腕に回したのが良くなかった。
無防備な体を襲った一撃は、やはり初撃ほどの威力がなかったというのに、アルベルトの内臓を傷つけ、骨とその戦意を完全に砕いた。
倒れたアルベルトの口からわずかに血液が漏れる。
一拍おいて地面に大量の血液が吐き出された。
体を丸めていたアルベルトは、咳をするたび攻撃を受けた部分を手で押さえる。
ハルカは駆け寄ってすぐに治癒魔法をかける。
ほんのわずかな間にアルベルトの体から痛みが引いていく。
口に残った血を吐き出し、アルベルトは生理的な涙を浮かべながら大の字になってひっくり返った。
「……くっそ、また負けた、なんだあれ」
「アル、痛みは?」
「治った。くそぅ……、動きは見えてたのに……」
「慰めを言うわけじゃないが、思ったよりやるな」
「負けたけどな」
「勝つつもりだったのか?」
「勝つつもりでしかやらねぇよ!」
格上の相手に言うべきようなことではない。それでも何の衒いもなくただ正直に、悔しいという気持ちだけをのせてアルベルトは空へ叫んだ。
リヴが目を見開いてから、ふっと笑う。
「そうだな、悪かった」
「ああああ、負けた負けた、なんで俺は勝てねぇ!」
「そりゃあお前、経験だろ。俺が何年生きて、そのうち何十年戦ってきたと思ってるんだ。そんな簡単に勝たれても困る。ほら、起きろ」
リヴから差し出された手をアルベルトは悔しそうに睨んでいたが、結局もう一度「くそ」と毒づいてからしっかりと掴む。
引き起こされたアルベルトは、不満そうな表情をしているが、もう次のことを考えているのか、リヴの足や手を見ていた。しのいだと思った直後に二撃目が飛んでくるのがよくわからない。
何か仕込み武器でもあるのだろうかと思うが、それらしいものも見当たらない。
「それじゃあ次の……」
「あたしだ」
リヴが最後まで話す前に、すぐ近くまでレジーナがやってきていた。
すでに武器を構えてやる気満々だ。
アルベルトはそれを見て、片手で髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回しながらモンタナの隣へ戻っていった。
はじまった二人の訓練は不思議だった。
どちらかと言えばアルベルトのように棒攻めするタイプのレジーナが、やけに慎重に動いている。振り下ろした金棒が、掌底や足の裏できれいに防がれてペースを握れていないからというのはあるかもしれないが、そのあとの反撃をやけに大きな動作でよけるのだ。
ハルカからすると不可解な動きである。
そのうち少しずつ打てる手がなくなっていったレジーナが、段々と勢いを落とし、やがてヤケクソ気味にはなった一撃をまた綺麗に防がれる。
「やりづれぇ!!」
呼吸が荒いのは疲労からではなく怒りからだろう。
やや赤い顔と、ぎりぎりと食いしばられた歯からはものすごい音が聞こえてきている。
「お前、見えてるな? 降参するか?」
「誰が……っ!」
怒りによってほんのわずか雑になった一撃に、リヴがカウンターの蹴りをきれいに合わせる。
つま先がこめかみを打ち抜き、レジーナの小さな体が地面を何度か跳ねて動かなくなった。
同じように金棒があたったリヴも体を浮かせたが、空中で二回転すると、転ぶことなく地面へ着地した。
「短気を起こさなきゃもう少しやれたかもな」
ハルカがレジーナの治療に向かう間に、今度はモンタナが前へ出る。
右手に短剣、鞘はまだ腰につけたままだ。
「よろしくです」
「よし、来い」
モンタナは距離を取ったまま何気ない仕草で、本当に何気ない動きを装って短剣を突き出す。それは速くもなければ鋭くもなかったが、その場でする動きとしては違和感があった。
いぶかし気に目を細めたリヴは、首を傾けてモンタナの剣先からわずかに身をそらす。
「……なにかしたな?」
「だめですか」
首を撫でるリヴに、モンタナが呟く。
こっそりと見えない魔素の刃を伸ばし、リヴの首筋を狙ったというのに、動きでそれを見破られてしまった。手はまだ完全にばれていないけれど、二度同じ手が通じるとはモンタナも思っていない。
左手に鞘、右手に剣をもって自ら間合いを詰める。
それに合わせるように駆け寄ってくるリヴに、剣が届くはずのない距離からの攻撃を、二度、三度と放つ。当たり前のようにそれを避けて進むリヴ。
やがて右手の短剣、左手の鞘の二刀流からの攻撃が届く範囲まで到達したところで、モンタナは左右の武器でそれぞれ違う個所を狙って攻撃を繰り出した。
モンタナは魔素で見えない刃の長さを変えることができるから、どちらの武器も間合いは自由なのだが、根本的に根元を迎撃されてしまうとその攻撃は届かない。
モンタナもまた、リヴから繰り出される攻撃をレジーナと同じように大きくよける。ハルカからすると無駄な動きのように見えるのだが、モンタナの攻撃をよけるときの視線は真剣だ。
確かにリヴの攻撃は素早く威力のあるものであるのがわかるが、あそこまでレジーナとモンタナが翻弄される理由がハルカにはわからない。
レジーナと同じように徐々に追い詰められていったモンタナは、やがて右手左手と順に強烈な蹴りを食らい、手が武器を握れる状態ではなくなってしまった。
「……降参です」
「強力な手だが、技巧に頼りすぎだな。格上相手に不意打ちする度胸には驚かされるが」
終わってしまえば三連敗。
しかし三本連続で、ハルカにとっては妙な戦いだった。
三人ともがよくわからない負け方をしている。だとすればリヴが絶対に何かをしているはずなのだが、戦っていないハルカにはそれがわからないのだ。
モンタナの手を治しながら考えてみるが、治療が終わった後も、ハルカには今の戦いの解説ができそうにはなかった。





