トラブルメイカー
「お客さんすか? 依頼だったら中で待っててほしいっすよ」
いざ【雷鳥のきまぐれ】の拠点へ着くと、意外なほどあっさりと中へ案内される。てっきり強面のお兄さんに出迎えられるかと思っていたハルカだったが、よく考えれば傭兵だって客商売だ。
言葉遣いは微妙なところだが、顔にそばかすを散らせた愛想のいい少年に迎え入れてもらえた。
「だんちょー! 美人のお客さんが来ましたよー」
「おーう、ちっと待ってろ、今行くからな」
あけっぴろなやりとりが聞こえ、しばらくするとはだけたシャツを引っ掛け、ズボンのベルトを止めながらトルスが姿を現した。
女の気配がするダラシのない態度だったが、ハルカたちの姿を確認した途端、一度奥へ引っ込んでしっかりと服を着込んでから現れる。
そんなことをしたって一度目に入ったものは忘れたりしないのだが。
「おい、呼ぶときゃもうちょっと客のこと詳細に教えろよ」
「いて! この間団長が適当でいいからさっさと呼べって言ったんじゃないっすか」
「相手見てやれ、相手を見て」
小声でやり取りして少年をこづいてから、トルスはにこやかな顔でハルカたちに向かい合って座った。
「随分朝早くからお出ましで。……見ない顔が一人いるところを見ると、それ関連か?」
「ご明察ですね。彼女が信頼のできる護衛を探しているそうです」
「冒険者のあんたが、傭兵の俺たちに仕事を持ってきてくれたって? 普通冒険者ギルドを紹介するんじゃねぇのか?」
「それでも良かったんですけれど……。まぁ、色々とありまして。ご迷惑でしたらそちらにも当たってみることにしますが……?」
「いやいや、迷惑なんてとんでもねぇ。そういうもんだと思っていたから聞いてみただけだって」
「そうですか、ではここからは本人に。カトルさん、どうぞ」
二人が話している間、トルスのことや拠点の中を抜け目なく観察していたカトルは、軽く咳払いをして口を開く。
「紹介に与ったカトルよ。まずは街の近くで放棄した馬車の積荷の回収お願いしたいです。それがつつがなく済めば、今度はマハド王国までの護衛を」
「マハド王国、っつーと、有名な傭兵がおったてた国だな。随分景気がいいって話だぜ」
「情報通ね、それで、どうなのかしら?」
トルスは年若い割に臆する様子なく交渉を始めたカトルを見る。そして、身につけているもの、姿勢と態度や口調から、カトルがそれなりの身分のお嬢様であると判断した。
「ま、せっかくハルカさんに紹介してもらったことだし、最初の依頼は受けるぜ? 名前もなんだか響きが似ているしな。その後新たに依頼するかはあんたの方で決めてくれ」
「話が早いわね。紹介してもらって良かったわ、ハルカ」
「本当に紹介するだけで申し訳ありませんが」
「いえ、本当に十分よ」
カトルはトルスのハルカに対する態度から、その力関係をなんとなく察していた。気を使うべき相手から紹介された自分がぞんざいに扱われることはきっとない。
紹介で十分というのは、本当にそのままの意味だった。
後ろ盾もなく来るよりはよほどいい取引ができる。
「そんじゃ話を詰めていこうぜ。ハルカさん、こっからは依頼人と話すが、あんたらも聞いていくかい?」
「ハルカ、もう大丈夫」
もう少し付き合うつもりで、なんなら馬車の引き上げもついていこうかと思っていたぐらいだが、カトルに促されてハルカは席を立つことにした。
「そうですね、では私はこれで失礼することにします。トルスさん、くれぐれもよろしくお願いします」
「そんなに念を押されなくたって、ちゃんとよろしくさせてもらうさ」
トルスにしても、ぽっかり空いていた休息期間に稼げる仕事が入った。それも特級冒険者の紹介ときたものだ。
失敗したら夜逃げするしかない。いつも以上に慎重に事をこなすつもりでいた。
【雷鳥の気まぐれ】の拠点を抜けて、珍しく街をぶらつこうと言い出したのはアルベルトだった。武器や冒険に必要な道具類が売られている通りをぶらつく。
クダンから立派な武器を譲られたというのに、相変わらず武器を眺めるのは楽しいらしい。
一方でそんなことをしている間にも、レジーナは通りに目を配り、冒険者や傭兵の値踏みをしていた。
そんなことをしてたら流石に喧嘩を売られそうなものだが、どういうわけだか皆気付いてもそのまま去っていく。
実はこれには理由があって、傭兵たちには【雷鳥の気まぐれ】や【旋風団】からハルカたちの容姿が伝えられており、冒険者たちはギルドで特級冒険者が来ていると噂になっていたのだ。
修道服を着た、顔に傷のある金棒を持った女。
そしてほとんど見ることのない、ダークエルフの美女。
わざわざ喧嘩を売るのは余程酔狂な人間だ。
店から出てきて、通りを眺めたアルベルトが退屈そうにつぶやく。
「あーあ、なんも起こらねぇのな、今日は」
「そうそう毎日問題ばっかり起きませんよ」
「つまんねー。ハルカと一緒に出かけたらなんかあるかと思ったのに」
「人を問題児みたいに言わないでください」
残念ながら今日は、アルベルトとレジーナの期待は成就しそうになかった。





