胸を張って
「南の方だとよくある話だな。気になるのは逃げた闇魔法使いか」
バッサリと切り捨てたのはリヴだった。
たとえカトルを含めても南方大陸の事情に一番詳しいのはリヴだ。
カトルは眉間にしわを寄せてぎゅっと口を閉じたが、できることはそれだけだ。反論なんて思いつかないし、思いついたとしても言えやしない。
「闇魔法使いには何か心当たりがあったり?」
昨晩からリヴに対していくらか気安くなったイーストンが問いかけると、リヴは腕を組んで考える。
「闇魔法の研究をしているものたちが、一応【自由都市同盟】の学術都市にいる。小国群のことはわからないが、利用しようとする者がいてもおかしくない。知っての通り、破壊者の、特に人型に近い見た目のものはよく使う。これだけの話じゃ何も分からないというのが正直なところだ」
「口封じしていなくなったんだから、これ以上ちょっかい出してこないかも?」
ああでもないこうでもないという推測は、どれも結論を出すには根拠が足りない。それぞれが自分の考えを述べてはみたものの、これという意見は出てこなかった。
それにこうして無責任に想像を膨らませたところで、結局のところハルカたちは部外者だ。何かを決めなければいけないのは、今のところ当事者であるカトルだけである。
話し合いが途切れたところで、そろそろ考えもまとまっただろうかと考えていたところ、アルベルトが剣の手入れするのをやめて顔を上げる。
「んで、お前はどうすんの?」
「……護衛を雇って国へ戻る」
「ま、そうだよねー」
どうしたって一度国へは戻らないといけないだろう。
かといって連れてきた護衛は信用できない。そして新たに護衛を雇うにしても、一から探し直しだ。楽な道ではないだろう。
コリンはちらりとハルカの様子を横目で窺う。
自分たちで手伝ってあげようと言い出すかなと思っていたのだ。
しかし今のところ自分からそんなことを言い出してはいない。難しい顔をしているので、葛藤しているか我慢しているというところだろうか。
「誰か、この街で信用のおける冒険者や傭兵を紹介してもらえないかしら? 早めに馬車を回収したいの。中に資金が積んであるから、それを使って国までの護衛を雇う……つもり」
「無難だね。でも、僕たちに頼まないのは何で?」
カトルがそれを避けた理由を、イーストンがわざわざ尋ねた。
本当はそれが一番いいと、接すればだれもがわかることのはずだ。ハルカのお人よし加減に加えて、今回はモンタナまでカトルの肩を持っていた。
少しつつけばいくらでも利用できそうなものだ。
その誘惑をはねのけてまで決めたというのに、ちょっと意地悪な質問だった。
「……モンタナとハルカは、一度助けてもらったから信用できる。強いのも分かったし、私だって頼めるなら頼みたいわよ」
こぶしを握ってうつむいてから、カトルは顔をそらすくらいに上げて胸を張った。
「でもそんなのかっこ悪いじゃない! そのうち皆まとめてうちの国に呼んで歓迎してあげるわ。胸を張ってそうするために、これ以上大きな借りは作りたくないの!」
子供じみた主張だ。
それでも絶対に譲りたくないという強い気持ちは伝わってくる。
やっぱりそうかとハルカは一人頬をかいた。
なんとなく、護衛を申し出ても断られるような気がしていたのだ。
「とりあえず、傭兵団を二つ知っています。めぼしい冒険者は……もしかしたら今はあまり遠出してくれないかもしれませんね」
吸血鬼騒動が続いているから、冒険者ギルドとしてもすぐに動けるような冒険者を街にとどめておきたいという気持ちがあるだろう。
知っている傭兵団二つが信用できるかといえば、またちょっと違う話になってくるのだが、ハルカにできるのはそれくらいのものである。
案外金さえ払えばちゃんと働いてくれるのではないかというのが、【雷鳥の気まぐれ】と【旋風団】に対するハルカの印象だった。
「ありがとうハルカ、それで十分よ! ……あ、そうだ、あなたたちにも助けてもらった支払いをしなきゃいけないんだった」
「勝手に助けに行っただけですよ」
「いいから! これ、私のとっておきで……」
一応必要ないと意思を示してみたハルカだったが、簡単に却下された。そうなるだろうと思っていたのでハルカも素直に引き下がる。
「あれ、こんな色じゃなかったのに……」
ネックレスを取り外したカトルは、その状態を検分して眉を顰める。
素晴らしい装飾がなされているネックレスは、バランスよく配置された宝石と相まって品のある仕上がりになっている。しかし、よく見てみると一部の宝石の色がまばらにくすんでおり、そのバランスを欠いているようにも見えた。
モンタナが目を細めてそれを見つめてから呟く。
「遺物、です?」
「なにそれ? 昔お父さんと出かけたとき、今日みたいな露店で買ったの。すっごく吹っ掛けられたんだけど、それ以上の価値があると思ったわ」
「カトルさん、闇魔法かけられたのに効かなかったですよね?」
「ええ、まあ、あいつがへぼなのかと思ってたけど……」
「それのお陰かもしれないです。持ってた方がいいです」
「そう? ……でも、そうね、どっちにしろ宝石の色がこんなに変わっちゃったらちょっと価値が下がるわよね……、えーっと、それじゃあ……」
今度は手首に着けた腕輪をジャラジャラと外す。
一つ一つ別物かと思っていたら、どうやらすべて細い鎖で連結しているようで、まとめて取り外された。
「これは曰くのある物じゃないんだけど、普通に高いわ。内側に価値のある宝石を仕込んであるし、腕輪部分にも金が使われてるの。どの地域に持っていっても値が付くはずよ」
受け取ったのはモンタナで、コリンに向けてこくりと一度頷く。
対価としては十分だとモンタナも判断したのだろう。
「改めて礼を言うわ。助けてくれてありがとう、もし来てくれなかったらどうなってたかわからないわ」
「どういたしまして、です」
耳をピクッと動かして、モンタナの尻尾がゆらりと揺れる。
小物づくりのセンスの良さ、戦いの強さ、そしてかわいらしい見た目。
改めてモンタナを雇い入れられなかったことを、カトルはひそかに残念に思っていた。





