ヴィスタの様子
ヴィスタの冒険者ギルドの外観だけを確認してから、そこから歩いて五分ほどの場所にある宿を紹介してもらった。
ヴィスタの冒険者ギルドは大きくて立派だったが、冒険者用の宿舎は併設されていない。たくさんの建物が立ち並ぶ中にあるからとても大きく見えたが、中を歩いてみるとオランズのギルドの方が専有面積は広いようだった。
紹介された宿は入ってすぐのフロアが酒場のようになっており、典型的な冒険者のためのものであるようだ。いくつかのテーブルが埋まり、真昼間だというのに酒を飲んでいる者も散見された。
コーディが残りの期間分の宿代を受付で支払いしてくれる。朝食は出るが、昼夕はよそで食べるか、ここの酒場で食べることになるそうだ。
気付いたらまたコリンとの二人部屋にされていたが、これからもこういうことは続きそうなので、ハルカは諦めてできるだけ早く慣れる努力をすることにした。
ここに来る前にも一度話をされたことであったが、基本的には夜にはこの宿に戻ること、何か事情があって日を跨ぐような仕事をする場合は、この宿の受付に言伝を残しておくように言われる。
コーディはしばらくの間報告や、ユーリをこの都市で暮らさせるための申請、それからなぜあの虐殺が起きてしまっていたのかの調査をするそうだ。帰ってきて早々元気なことである。
コーディは自分の仕事が好きなようで、働くことは苦でないようだった。
日本にもそういうワーカーホリックな人がいた。思い出すと懐かしく感じる。
ハルカくらいの世代になると、少しずつそういう人は減ってきていたが、その上司の年代辺りは、そういう傾向の人が多かったように思う。景気が良かったころの日本の遺産であった。
その日はもう昼を過ぎていたので、明日以降の予定を話しあい、早めに床に就いた。今日もコリンはハルカにタライいっぱいのお湯を出してもらいご機嫌だ。ハルカは窓から外を見下ろして、部屋の中から意識を切り離した。
夜の街を歩く人々の数はオランズより多く、街の中にある光も多い。
人の数自体が違うので、自然と夜に出歩く人の数も増えているのだろう。
夜警なのか、騎士らしき集団もたまに巡回をしており、メインストリートでは酒に酔った人たちによる争いも起きていない。平和で拍子抜けする街並みだった。
オラクル教の主な教義をコーディから聞いたことを思い出す。
神人時代では、過激に破壊者と敵対する傾向にあったが、今の時代では隣人と助け合い文化を発展させることを教義のメインにおいているそうだ。
破壊者と結託することはとても重い罪になるようであったが、このヴィスタ周りは騎士たちによって治安が守られており、そもそも破壊者が現れたという報告がここ数十年ないそうだ。
つまり騎士たちは破壊者と戦うことよりも、人族の発展のために治安を守ったり、護衛をすることが主な任務になる。
教会の人々も、思想の違いや上昇志向から派閥争いがあるらしいことをフラッドがぽろっと漏らしていたが、詳しいことまでは聞いていない。話に聞く限り、概ね害のない平和な宗教であるように思えた。
「終わったよー」
窓の外を見ていたハルカの背中に、どしっと重みがかかる。何かいつもと違ういい匂いが漂ってくる。ここで彼女を引っぺがそうとすると、余計に意地になってくっついてくるので、そのままの状態でハルカは首を曲げて、視線をコリンに向けた。
「何か、いい匂いがしますね」
「あ、わかる? さっき香油を買ったんだよね、気に入った?」
「ええ、フローラルないい香りがしますね」
そう答えるとコリンがハルカのうなじに鼻をつけて、ふんふんと匂いを嗅ぎだす。
「く、くすぐったいんですけど」
「ハルカって何もつけてないよね」
「ええ、そうです……けど?」
もしかして加齢臭でもしてきたのだろうか、とハルカはどきりとする。自分では気づかないものだから、気を付けたほうがいいかもしれない。この体になってから、なんだか勝手に体からいい匂いがしている気がして、あまり気にしたことがなかった。
「なんでだろー、近くで匂いを嗅ぐと、なんだか甘いような、落ち着く香りがするんだよね。普段はわからないんだけど……」
「いや、なんだかそれ、恥ずかしいのでやめていただけませんか?」
「やだやだー、もうちょっとー」
こっそりため息をついたハルカは、身体の力を抜いて、窓の外を見る。少し路地に入ったところには夜の仕事をしているらしき女性が立っていた。こんな町にもやっぱりそういう人はいるんだなと思う。需要がある所には仕事が生まれるものだ。
コリンに首元を嗅がれながら、たまにくすぐったくて身をよじる。
この体になってから、女性にも男性にも性的な欲求を感じない。元々そういうものが強いほうではなかったが、その変化に今は感謝をしていた。
朝ごはんを食べて、冒険者ギルドへ向かう。
昨日も思ったことであったが、ヴィスタの冒険者はオランズより平均年齢が低いように思う。他の三人が依頼ボードへ向かっていく中、ハルカは立ち止まって全体を見渡していた。
年齢で言うと途中まで一緒に来た双子と変わらないような子たちもたくさんいる。
一方で冒険慣れをしていて、使い慣れた武器や防具を装備しているものが少ない。なぜそうなのだろうと考えていると、横を通り過ぎた少女が勢いよく振り返り、ハルカの顔を目を真ん丸にしてまじまじと眺めた。
「……ダークエルフっ!」
少女は吐き捨てるようにそう言って、逃げるように他の子どもたちの下へ走っていった。合流した彼女はハルカの方を指さし、ひそひそと何かを話し始める。
もしかしてこれがコーディが前に言っていたやつか、と気づいたハルカは、どうしたものかと思いながら、できるだけそちらを気にしないようにしながら仲間たちに合流した。