教都ヴィスタ
その後、予定通り進んだ一行は、ドットハルト公国との国境をかすりながら、神聖国レジオンへと入る。
神聖国レジオンにおいては、騎士たちによる治安維持が徹底されており、他の国に比べて街道の安全度が高い。
重要拠点や国境の防衛をディセント王国に任せている分、各地に騎士という戦力を分散させることができるのだ。その為国内での人の行き来も多くなり、文化や学術が他より発展している。
反面、危機意識は他の国より低く、夢見がちなものや、ぬるい考えをするものが多いというのも特徴だった。
元々遠征の行程は余裕をもって組まれていたが、予定よりも五日も早く、神聖国レジオンの首都であるヴィスタに到着した。
あのまま進んでいれば、予定通りか、少し遅くなるぐらいだったのだが、コーディがユーリのためにその進行を早めたのだ。
レジオン国内の最初の街についたときに、皆を集めて、赤ん坊を早く落ち着いた場所へ連れていってやるべきだろう、とコーディが提案をした。
このくらいの年の子は病気になりやすいらしく、それを心配した面々が、もっと環境を整えて、とかあれもこれも買って、とか面倒なことを次々と言い始めたのがこの提案の理由だった。
毎日毎日しつこく言われるのが面倒になった、というのがコーディの本音であったが、そんな態度はおくびにも出さず、彼はしれっとユーリのため、みたいなことをみんなに言ってのけた。
コーディはその日のうちに二頭立ての馬車と御者を借り、コーディとユーリ、それにハルカ達護衛の冒険者だけを乗せて、ぱからぱからと馬を走らせさっさと出発してしまった。ちなみに双子は荷を無事にヴィスタまで届けるのが仕事の為、後発組に残ることになった。卒業するための研修だから仕方がなかった。
指揮をとらなくてもいいし、座ってればいい。その上うるさいことを言ってくる奴らも置いてこれたコーディは、にっこにこで馬車の外を眺めていた。
付き合いの長いデクトだけは「まさかな」と思っていたが、他にコーディの本音に気づいた者は誰もいなかった。悪い大人だ。
ヴィスタは遠くから見てもわかるほど、すさまじく大きな都だった。
ヴィスタの手前にある最後の山道を越えてから目に入った景色は、それはそれは広大だった。中央に教都であるヴィスタがあり、そこから数キロ先にはヴィスタを囲むようにいくつもの町や村が衛星のように広がっていた。
西側遠くには海を望むこともでき、北には広大な穀倉地帯、南には豊かな森林と山がある。
ヴィスタの中心にある、ひときわ高い丘の上には、城のような立派な教会が立っていた。オラクル教の総本山だ。街を外に向けてどんどん拡大していったためか、壁が幾重にも作られており、エリアが分かれている。場所によっては高層の建物も存在しているようだった。
各エリアごとに特色があるのか、遠くから見てもデザインや雰囲気が異なっていた。
旅の途中にフラッドが何度もハルカ達に語っていたことがある。
ヴィスタは世界一の都市だと。
防衛力や、戦力においては他の城塞都市に一歩譲るが、文化や人や生活の豊かさにおいては絶対に一番だとしつこいくらいに言ってくる。
ハルカ達は、自分の出身地を自慢げに語るのは普通のことだと思い、それほどの物とは想像せず、ふーん、そうなんだ、と話半分に聞いていた。しかし実際その姿を目にしてみれば、彼が何度も何度も自慢話をするのも納得できる、圧巻の光景だった。
「なんだい口をそんなに大きく開けて」
四人とさらにハルカに抱きかかえられたユーリまで、口を開けてヴィスタの遠景に見とれているのを、コーディが笑ってからかった。
コーディは他所のものと一緒にこの山を越えるのが好きだった。だいたいの場合ちょっと間抜けな顔を拝むことができるからだ。それがいけ好かない奴が相手だと嫌味の一つでも言ってやれて、なおすっきりするのだが、今回の場合はただかわいらしいだけで、思わず笑ってしまった。
「こりゃ……、すげぇやぁ」
アルベルトが参ったというように、どすんと馬車の席に腰を下ろした。
「くくく、なんだろうねぇ、みんなしてそんなに驚いてくれると、レジオンの人間としてとっても気分がいいよ。いやぁ、時間を作って色々案内してあげるから楽しみにしているといい。まぁ、まずはこの子関係の色々な手続きをしてあげないといけないけれどね」
「そうでしたね、ヴィスタに到着したらどうしたらいいでしょう?」
コーディはぺろっとハルカ達との契約書を取り出して確認しながら返事をする。
「流石にここまで来て護衛はいらないからねぇ……。でも色々片付いていないこともあるし、私の指定した所に宿泊してもらおうかな。別に冒険者ギルドで仕事をしていても構わないよ。ただ、夜には宿泊地に戻ってほしい。戻れない場合はあらかじめ教えてほしい。早めについたおかげで契約の期間も余裕がありそうだし、超過する場合は待機してくれる分の支払いもしよう。その場合の支払いは、元の契約書通り、ってところでどうかな?」
ハルカはこの間注意されたことを思い出して、確認をするつもりで仲間たちの方を振り返った。
「こっちの冒険者ギルド気になるな!」
「そうね、観光も楽しみ、一緒に買い物行くわよ、ハルカ!」
「市場に寄ってみたいです」
各々が目を輝かせて希望を述べるのを聞いて、ハルカも笑ってコーディに答えた。
「ではそれで、どうぞよろしくお願いいたします」
ハルカもまた、元の世界では見られない広大な都市風景に、思わず笑顔になってしまうほど、心を躍らせていた。





