ぼうけんきょー
「どうしてこんなところに……?」
「いやぁ、街の様子を見てたら武闘祭に出てた子たちを見つけたんでね。食事でもどうかと声をかけたら、人を待たせているからと言われてね」
「ごめん、僕のせいなんだ」
「どういうことですか?」
額に手を当てて、イーストンが謝罪する。フォルカー子爵は笑いながら続けた。
「一人で海岸までついてくるなら一緒に食事するくらい構わない、とまぁ、そう言われたので、一人でついてきたわけだよ」
「まさか本当についてくると思わなくて……。無理難題を吹っ掛けたつもりだったんだ」
「おや、つれないことを言うね。さて、それじゃあお招きされた私は、こちらで食事を待つことにしようかな」
どっかりと地面に座ったフォルカーに、まさか帰れとも言えず、ハルカは砂浜からとってきた甲殻類をコリンへと手渡す。
氷の魔法は解いたが、体が冷え切ってしまったその蟹らしき生き物はもうほとんど動かない。
「これ、どうやって食べるの?」
「えーっと、茹でて身を食べてもいいですし、汁物にしても美味しいかと」
「……っていうか、私がフォルカーさんの食べるご飯作らなきゃいけないの?」
「……この中では一番お料理上手なので、できたら」
「しょうがないなー……。これ、毒ないよね?」
知らない。多分大丈夫だと思うけれど、貴族に食べさせるのには不安が残る。
「大丈夫、その蟹に毒はないよ」
だいぶ離れた場所にいるのに、フォルカーから声が飛んでくる。
「聞こえるんだ……」
「聞こえるね。私は目と耳と鼻がいいのが自慢でね。あと体も丈夫だから、気にせず普段食べてるようなものを作ってくれればいいよ」
ハルカとコリンは顔を見合わせる。
まぁ、クダンの友人をしているような人が、いくら貴族とはいえ、普通であるわけがないのだ。
ハルカはフォルカーがいる場所へ戻って、対面に座った。
今はアルベルトと剣の話をしていたようだが、ハルカがくるとそれが中断される。
「ハルカさんがこのチームのリーダーかな?」
「一応そういうことになってますね」
「だろうね。聞いたよ、クダンさんに。特級冒険者だって? おめでとう」
「ありがとうございます。クダンさんは最近こちらに?」
「うん。それこそ食事だけしてどっか行ってしまったけどね。いつも慌ただしいんだ、あの人。……ところで、見たかい?」
フォルカーは海を指差して尋ねる。
「見ましたよ、山のような大きさのを。あれではこの辺に村は作れませんね」
「そうなんだよね。港にもできないし、この辺りの土地は細長いのに東の海側がこんなだから扱いにくくてね。あの大蛸、一匹二匹狩ったところで次々現れるものだから、キリがなくて参っちゃうよ」
「……いっぱいいるんですか?」
「いるみたいだよ。他にも何がいるか分からないから、あまりこちらの海の方をうろうろするのはお勧めしないね」
「そうですか……」
「あぁ、でもね、あの大蛸美味しいよ。足が早いから、狩ったそばから食べないといけなくて、観光資源にはならないけどね。本当、六でも七でもなくて参ってしまう、蛸だけに」
くだらないことを言ってはははと一人で悦に入っている姿はただのおじさんである。ハルカは思わず愛想笑いだ。
そしてその気の抜けた状態から、フォルカーは世間話をするように尋ねてきた。
「で、君たちはなんでこんなところに?」
「……ちょっと旅行に。フォルカーさんこそなぜここに?」
「……あれ、もしかして知らないのかな? これはあれだな、私が警戒しすぎているだけか、どうやら」
「どういうことですか?」
「うん、特級冒険者のいるクランの一級冒険者を二人、街で見かけたら、領主として警戒するのは当然だ。それが知り合いであろうとなかろうと。なんせここは、ドットハルト公国の最南端のフォルカー伯爵領なのだから」
ハルカの頭の中で情報が整理される。
初めて会った時は、男爵から子爵になったばかりだったはずだ。それがこの二年で伯爵になっている。
ありえない出世速度だ。
「……陞爵されていたのですね、失礼いたしました」
「気にしなくても結構。当代ドットハルト公と懇意にしているから、コネで上がっただけだ。しかしまぁ、あまり前線を彷徨くものじゃない。そんなに大きな竜に乗っていれば、いやでも目立つ」
「ご迷惑を、おかけして申し訳ございません」
「いいよ。騒ぎの原因がわかったから。私はいたずらに特級冒険者と因縁を持ちたい命知らずではない」
「ありがとうございます」
「目的も聞かないでおこう。通り道に過ぎないんだろう? なんなら南方大陸への関所を通すこともできるが?」
「ナギ……竜と一緒に通ったら、目立ちますよね?」
「人の目を集めるという意味ではそうだね。情報として知れ渡る、という意味ならば、その竜がいなくても目立つさ。君は特級冒険者なのだから」
「そうですよね……」
だとするとやはり真っ当な方法で入るのは難しい。何かいい方法があればいいのだが、なかなかすぐには思いつかない。
「訳ありか。……ところで、せっかくここにきたのに、大蛸は食べないのかい?」
「……すごく大きいのがいますよ? 本当に山のような」
「ふーむ、大物か。それじゃあ、せっかくだから私が足の一本でも取ってきてあげよう。あれは食べる価値のあるものだ」
おもむろに立ち上がったフォルカーは、剣を引き抜いて砂浜へ向かう。
お偉いさんが怪我しては大変だ。ハルカは慌てて声をかけるが、フォルカーの歩みは止まらない。
「危ないですよ!」
「ん? うん、まあ大丈夫だ。待っていていいよ?」
スタスタと歩いていってしまうフォルカーを追いかけようとすると、レジーナが口を開く。
「大丈夫だって言ってんじゃねぇか」
「しかし」
「ほっとけよ」
躊躇っているうちに砂浜に着いたフォルカーは、足をドンドンと砂に叩きつける。
するとゆらりと海面が持ち上がり、なんの躊躇もなく巨大な足が横殴りに振り回された。
剣を頭の上まで振り上げていたフォルカーは、口を開けて大きく笑う。そして怒号と共に剣を振り下ろした。
「この軟体生物めが!!」
ぶっつりと足が両断されるところまでは見えた。それから砂が打ち上がり、海がわずかに割れ、大蛸が暴れながら海の中へ潜っていく。
「まったく、あいつらがいなければ、もう少しこの辺りも発展するのだがな」
険しい顔で海を睨んだフォルカーは手に握っていた剣の柄を放り捨てる。
「【亡剣卿】フォルカー。【ドットハルト公国】の鍛冶屋からの嫌われものです」
口を開けてその光景を眺めていたハルカに、モンタナがぽそっと説明をするのだった。





