海遊び
ナギに乗って空を飛び、途中街に立ち寄ることもう一度。
国境の街での学びから、ハルカたちは街の近くへ降りるのを目立たない早朝に。そのまま朝一番でさっさと買い物を終えて、空へ旅立つことにした。
飛んでいる間の目撃例は多少あったかもしれないが、何か被害をもたらすことの無いこの空の旅は、いずれUFOのような扱いにされるのではないかとハルカは考えていた。
その瞬間こそ燃え上がるものの、喉元を過ぎれば熱さなんて忘れるはずだと。
そうして南へと進路を取ると、やがて左右どちらを見ても地平線に海が見えるようになった。帝国との国境が近くなるにつれて、空白地帯のようなものは消えて、いくつもの砦が建てられている。
この辺りに着地して気付かれないというのは至難の業であることが分かる。
「……これは、想定よりも長く海を渡る必要があるかもしれません」
ハルカが地図とにらみ合って告げると、イーストンが横から口を出す。
「一度戻ったほうがいいんじゃない? 手前に一つ街があったでしょ。あのあたりまで戻って、考え直した方がいい」
「ついでにさー、その街で情報集めて、帝国沿岸の様子聞いてもいいかもしれないよね」
「そうですね……」
眼下に見えるいくつもの関所や砦が、【ドットハルト公国】がいかに帝国を警戒しているかを示している。こうしてみると、王国は平和だったのだ。油断できない敵国が隣にいるというのはこういうことなのだろう。
一度後退することを決めたハルカたちは、東側の海岸沿いを飛んで戻っていく。港に適していそうな湾があるというのに、聞いていた通り、東の海岸線には町どころか村らしきものもない。人の姿すら殆ど見えないのだから、この海に潜む魔物の恐ろしさが分かる。
逆に言えばハルカたちにとってその環境は悪くない。ナギを着陸させて街へ向かうことが容易いからだ。
念のため海から少し離れた場所に降りてみたが、すぐさま何かが襲い掛かってくるような気配はない。
ハルカたちは小一時間様子を見て、今いる場所を一時的な拠点にすることに決めた。視界が開けているのが少し気になるが、高度を上げて確認しても周りには誰もいないので問題ないはずだ。
「偵察は、まぁ、たまには僕がいくよ。毎度ハルカさんに任せてばかりじゃ悪いからね」
そういって手を挙げたのはイーストンだった。
適材適所とは言うが、いつも留守番ばかりしているのでたまには働こうという気になったらしい。
「今度こそ俺も行くからな」
それに続いたのはアルベルトだった。
背が高く、大剣も目立つし喧嘩っ早い。偵察には凡そ向いていないが、そろそろ我慢できなくなる頃だろうなとは誰しもが思っていた。
実際のところ容姿でいうのなら、獣人のモンタナもダークエルフのハルカも目立ちまくっていたのだが、一番の懸念はトラブルを起こさないか、という点だった。
「うん、まぁ……、この辺は前線だろうし、軍人も多いだろうから大丈夫じゃないかな。でも目立たないように気を付けてほしいね」
イーストンは渋々許可を出して、そっとレジーナを横目で見る。行くと言い出すのではないかと思って心配していたが、レジーナは腕を組んだまま海を眺めていた。ほっと一息ついたところへコリンが腰に手を当てていった。
「しかたないなー、アルのことは私が見張っててあげよっか?」
「別にコリンがいなくても暴れたりしねぇっての」
「……いや、まぁうん、大丈夫だよ多分」
「そう? 本当に?」
いつも通りのアルベルトと、ちょっと思案してから答えたイーストン。
イーストンの内心は、目を離せない人をこれ以上増やしたくない、だった。二人して迷子になられたら手に負えない。
「僕も行くです?」
「あ、お願いしてもいいかな?」
「……ちょっとイースさん? 私の時と対応違くない?」
「いや、ほら。軍人の男性が多いと、気性が激しい人も多いから。容姿が整った女性を連れていくと、余計な問題が起こるからね」
「あー、そっかそっかー、そういうことなら仕方ないなぁ!」
イーストンは嘘をついたつもりはなかったが、本当のことも言わなかった。これもまあ、処世術の一つである。
さて出かけていった三人はともかく、残っている方は割と退屈である。
ユーリとナギが、海岸にいる大きなカニだかエビだかわからない生き物を観察しているので、ハルカはそれの見守りだ。謎の生き物からしたら、巨大な竜に睨まれて大層な恐怖を感じているだろう。
目一杯ハサミを振り上げて威嚇しているが、まるで動じず鼻先を寄せてきたナギに、諦めて逃走を選択していた。その必死の逃走虚しく、その生き物は首を伸ばしただけのナギにあっさり捕まってバリバリと噛み砕かれたのだが。
ハルカとコリン、それに珍しくレジーナも横並びになって並んで座っている。
波が寄せては返す音が、不思議と心を落ち着けていた。
「平和ですねぇ」
「そうねー」
そんなことを言っている二人に対して、レジーナだけはジッと海の方を見つめ続けていた。
ブクブクとその表面に白泡が立ったのを、レジーナの鋭い眼だけはしっかりととらえていた。





