秘密にしてね?
待ち合わせをするとなると、早めについて相手を待っているくらいでないと落ち着かないのがハルカだった。仕事でしか人と待ち合わせをしたことがないので、妙なところで生真面目さが出てしまう。
深刻に考えていたわけではなかったが、先についていないと悪いなと思い、ハルカは早足で街へ向かっていた。
飛んでしまえば早いのだけれど、見かけた人をわざわざ驚かす必要もない。
そんなことを考えてから、いつも障壁でくつろぎながら一緒に移動していたノクトのことを思い出した。ノクトを見るたびに通りかかる人はぎょっとしていたが、見た目が可愛らしいので逃げ出されるようなことはなかった。
自分もやってみようかと少し思ったハルカであったが、恐らくノクトのようにはいかないだろうという確信があった。あの誤魔化しはあのサイズ感とふにゃふにゃとした気の抜けた表情の賜物だ。ある意味技術である。
世間は師匠に騙されている。
そんな下らないことを考えながら、ハルカは地に足つけて街への道を急いでいた。
別れてから既に四時間近く。
買い物を終えていてもおかしくない時間だが、門の周囲に二人の姿はなかった。
トラブルが起こったと断定するにはまだ早いが、少し気になる。門から街の中を覗き込んでみるけれど、それで得られる情報などたかが知れていた。
ハルカは結局、門の外で二人を待つことに決めた。
元々そういう約束だったので、すれ違ってしまっても困る。
門の前でそわそわと街の中を覗き込む不審者。挙動不審極まっているというのに注意されなかったのは、その容姿が非常に整っていたおかげだろう。
きっと何か複雑な事情があるに違いない、と門兵も周りに居る人たちも思っていた。
世間はハルカの容姿に騙されている。
意図せずとも似たもの師弟である。
「どうせハルカが戻ってくるまでしばらくかかるから」と言って、個人的な買い物をし始めたのはコリンだった。
モンタナに否やはなかったが、あまり女性の買い物に興味がないものだから、店の入り口で待機している。
国境にある町というのは、得てして物流が盛んであり栄えていることが多い。この街もご他聞に漏れず商店や露店が活気づいていた。
ホントだったらモンタナも布を広げて作った装飾品を並べても良かったが、残念ながらこの街のルールが分からない。
モンタナは店の表においてある何に使うかわからない大きな石に腰を下ろした。座ったところで壊れやしないし、大きさがちょうどいい。そうして流れゆく雲をぼんやりと見上げる。
人が多い場所に来ると目に入る情報が多すぎて少し疲れるのだ。
今のところ何かがついて来ている気配はない。帝国がどれだけ優秀だとしても、ナギに乗って国を飛び回っている限り、滅多なことでは追いつかれないだろう。気を張らなければいけないとすれば、帝国の領土に入ってからになる。
しばらくそうしていると、周りに子供が集まってきていることに気がついた。
モンタナはあまり小さな子供が得意ではない。理由は単純で、獣人の数が少ない地域では、小さな子たちが集まると必ずと言っていい程尻尾を引っ張られるのだ。普通に痛い。
親もこらこらというくらいでまじめに止めようとしない。
ドワーフの中で育ったモンタナだからこそ、この程度で済んでいるが、ちゃんと獣人族として育てられたものたちの尻尾を安易に触ろうものなら、騒ぎになるところだ。
獣人には尻尾や耳に誇りを持っているものが多い。
囲まれる前にと思って腰を浮かそうとしたが、ぼんやりしていたのが良くなかった。既に子供たちに包囲されている。
モンタナは気づかないふりをして、尻尾を膝に抱き込んで、手櫛をかける。触られたくないんだということが伝わればいいと思っていたが、子供にそんな期待をしてはいけない。
徐々に狭まる包囲網に、モンタナは諦めて立ち上がり、その場でぴょんとはねて店の軒先を掴む。そしてそのまま重さを感じさせない仕草で、体を一回転させ屋根の上へ飛び乗った。
屋根の下からは子供たちが大はしゃぎする声が聞こえてくる。今降りようものなら間違いなくもみくちゃだろう。
早くコリンが戻ってこないものかと思って待っていたモンタナはまだ気がついていなかった。子供に囲まれて見えなくなっていたモンタナを置いて、コリンが他の店へ行っていたことに。
しばらくしてあまりに出てこないことを不審に思ったモンタナは、屋根の上からそっと店の中を覗く。そうしてようやくコリンの姿がそこにないことに気がついた。
ハルカの『コリンが迷子にならないように見ていてください』というお願いが頭の中に響き、モンタナは慌てて立ち上がり店の屋根を走った。
屋根の上を走って大通りをぐるりと一周しても見つからず、仕方なく地面を駆けまわることしばらく。人ごみのせいでコリンだけを見つけるのは至難の業だ。
一度諦めて元の店に戻ってくることを期待し待つこと一時間。
ダメだったと、また駆け回り一時間。
まさかと思い待ち合わせの門へ走ると、遠目にそわそわしているハルカの姿が見える。つまりそこにコリンはいないということだ。
そこでモンタナははっと思いつき走り出す。
門の中、ギリギリ街の中に荷物をたくさん持ったコリンが立ってきょろきょろとしていた。
モンタナは屋根から飛び降りると、ため息をついて歩いてコリンの下へ向かう。
「あー、モン君どこ行ってたの。もー、結構前からここで待ってたんだから。でもまだハルカも来てないのよねー」
「……コリン、今度から勝手にどっかにいかないでほしいです」
「え、でも私が店出たときモン君いなかったよ?」
「いたです。子供に囲まれてただけで。他の店行くときはちゃんと声かけてほしいですよ」
「あ、そっか、気づかなかった、ごめんごめん。でもま、こうして私も迷わずに門までたどり着けたからね! じゃ、街の外でハルカを待とっか」
「…………コリン、ここにはハルカこないですよ」
「ん?」
「ここ、南門です。ハルカと待ち合わせしてるのは、西門です」
「え、うっそだー……、ん、あれ……。……そう言われれば、違うような……」
「いくですよ。今度ははぐれたらだめです」
「…………ははは。ごめんね、モン君」
「目を離した僕が悪いです……」
「いや、大丈夫だと思ったんだよー。ね、ね、皆には秘密にしてね?」
「…………アルとレジーナには秘密にしてあげるですけど」
「この際ハルカには言ってもいいから! イーストンさんも秘密にして、ね?」
「なんかあった時判断間違えると困るのでダメです」
「も、もうやらないってばー」
「だめです」
大荷物を持った少女が、小さな獣人の後をご機嫌伺いしながらついていく。
夕陽に染まる商店街を妙な二人組が歩いていた。





