問題だらけのご一行
「ところで、そこの魔物、賞金がかかってんだよな。そいつがいたからこそ、竜がいるなんて信憑性のない情報に、これだけの兵を連れてきたってわけなんだが……」
ナスコがナギの獲物に視線を向けると、ナギはそれに気がつき、魔物を口に咥えて手前へ引き摺った。
「姿がありゃ満額でるが、そいつが食っちまうとなるとな。倒したこと自体は俺が保証してやれるが、多分半額も出ないぞ」
コリンがこの場にいたら、もしかしたらナギにお願いしたかもしれない。そう思いながらもハルカは首を横に振った。
「私たちは買い物を終えたらすぐに出発するつもりです。ナギの捕まえたものを取り上げるのもかわいそうですし、賞金は結構です。いろいろご迷惑をおかけしましたし、皆さんが倒したことにしていただいて構いませんよ」
「いやぁ、そりゃ賄賂みたいにならねぇか? それに倒した証拠がねぇんじゃなあ……」
「賄賂のつもりはありませんが……。ああ、そうだ、ナギ」
ハルカが声をかけると、ナギは獲物を咥えたまま、上目遣いでハルカを見る。
「ナギは毛皮は食べないでしょう? 外側だけもらえませんか? お肉だけにしてあげますから、ちょっと貸してください」
そーっと顔を寄せたナギは、ハルカの前にぼとっと魔物の死体を落とす。ぼとっとと言っても、魔物だって相当に大きく、体重は三百kg以上ありそうだ。
ハルカたちから感じる効果音は、ずしん、であった。
「えーっと、誰か皮を剥ぐのが得意な方とかいらっしゃいますか?」
ハルカが尋ねるが、誰も手をあげない。痺れを切らしたナスコが、一人の兵士へ声をかけた。
「おい、ノーマン、お前得意だったろ。臨時ボーナス出してやるから、皮剥いでくれ」
「……勘弁してくださいよぉ」
「いいからやれって。噛まれやしねぇよ」
地面に横たわった魔物の横では、ナギがじっと見張っている。自分が捕まえたものを横取りされないよう、ナギは獲物から目を離す気はなかった。
怯えながら寄ってきたノーマンという青年に、ナギは喉をゴロロと鳴らす。地響きのような音であったが、ナギは怒っているわけではない。
邪魔な皮を剥いでくれるというので、よろしくとお願いしたつもりだった。慌てて一度遠くへ逃げたノーマンに対して、ハルカがそのことを伝える。
「あの、ナギは多分よろしくと、そう言いたかったのだと思います。すみません、体が大きいから出せる音が低いんです。悪気はないんですが……」
ハルカがぽんぽんとナギの鼻先を撫でてやると、ナギはそのまま地面にべったりと寝そべった。そうして皮を剥ぐ様子を見ることにしたらしい。
再び恐る恐る近づいてきたノーマンが作業を始めたところで、ハルカはナスコに声をかけた。
「すみません、結構時間が経ってしまいましたし、そろそろ仲間たちを迎えに行ってもいいでしょうか?」
「それは、なんだ? まさかこの場にこの竜と、あそこの【鉄砕聖女】と、俺たちだけを残して立ち去ろうってことじゃないよな?」
「ええっと……ナギは、レジーナの言うことも聞いてくれるので、そんなに心配しなくても……」
「なるほどな、伝わってねぇなこれ」
「あ……、あれです。レジーナも怖い顔をしていますが、そんなに悪い子じゃないですよ」
「よし、わかった。せめて【鉄砕聖女】は連れてってくれ」
「……いいんですか? えーっと、ナギ怖くないですか?」
「いや、問題が二つあるよりはマシだ」
そんな問答をしていると、またも林から人が歩いてくる。今度はなんだと兵士たちが警戒していると、黒髪を長く伸ばした線の細い青年が現れる。
格好こそ冒険者らしくはあったが、その容姿に剣はあまり似合わない。そんなアンバランスな青年は、状況を順に確認してため息をついた。
「あんまり遠くに行かないようにって言ったのに、帰りが遅いから仕方なく迎えにきたんだけど、面倒ごとになってる?」
「あ、いえ、特には。ナギが安全なのを確認してもらいましたし。今はコリンたちを迎えにいくために街へ戻りたいと思っていたところです」
「あ、そう。レジーナ、元の場所戻れる?」
「戻れるに決まってんだろ」
「戻れないに決まってるアルがソワソワして動き出そうとしてたから、先に戻っててくれない? ああ、ナギのこと見ててくれてありがとう」
「別に」
ふんっとそっぽをむいてレジーナが林の中へ戻っていく。ナスコからすればこれで一つ問題解決である。
「で、えーっと、その魔物は?」
「ナギが捕まえたんですが、賞金がかかっているそうで。証拠として皮を剥いでもらってます」
「ってことは街に滞在するの?」
「いえ、すぐ出発するので賞金はここまでナギの確認に来てくださった皆さんに譲ろうかなと」
「ああ、いいんじゃないかな。じゃあ、僕がここを見てるから、ハルカさんは二人を迎えに戻るってことでいい?」
「お願いしても?」
「うん、まぁ、そんなに長いこと待つわけでもないだろうし……」
イーストンは気だるげにまた息を吐いたが、それが嫌味な感じではなく色っぽく見えるのだから、容姿が整っているというのは得である。
「よし、問題は全部解決した。あんた迎えに戻っていいぜ」
「え? いいんですか?」
「おう、さっさと行ってやりな」
「それでは、失礼しますね」
特級冒険者の相手をしているよりは、新たに現れたまともそうな青年の相手をしている方が骨が折れなさそうだ。
状況を把握する能力といい、レジーナを操った手腕といい、多分それがベストな選択だとナスコは確信していた。
結局ハルカが去ってしばらく。
和やかな雰囲気のまま解散した二組。
イーストンは肉を咥えたご機嫌なナギを連れ、元の場所へ戻りながら思っていた。
破壊者との混血である自分が一番安心されるというのは、どうしたことなのだろうと。