世間的な評価
相手が話を聞く態勢になってくれたことにハルカはほっとしていた。
軍人相手というのは未だに緊張してしまう。
「まず、竜に関してですが、危険はないと保証します。行き来する人に危害を加えることはありません」
「なぜそう言い切れる? というか、本当にいるのか、竜は」
「います。私たちの旅の仲間です」
「竜を仲間に? 報告じゃあ山のようにでかい竜だって聞いたが?」
「山……は言いすぎでしょう。大きいには大きいですが」
大きさで言うと観光バスくらいはあるので、大きいことには違いないが、誇張して伝わってることは間違いなさそうだ。
「竜と一緒に旅をする奴らなんて、噂になっていそうなものだがなぁ」
「冒険者になって長いわけではないので……」
「子連れの冒険者ってのも、目立つしな。でもお前さん、言ってることが矛盾してるぜ。冒険者としての経験が浅い奴が竜なんて連れて歩くか? 遠目から見えるくらいの竜なんて、そこらの冒険者の手に負えるもんじゃないだろ」
「……クラン持ちの冒険者ではあるので」
髭面の男は足を止めて、上から下までまじまじとハルカのことを観察した。そこにはいやらしいものは一切なく、ただ戦力を計っているようだった。
「……隙だらけに見えるんだがなぁ」
「……仲間はそうでもないので」
「そうかい。冒険者ランクは?」
「信じなくても構いませんが、特級ということになってます」
言葉の応酬が止まり、男が体を緊張させたのが分かった。警戒したままもう一度ハルカの方を見て、じょりじょりと顎髭をこすってからため息をつく。
「冗談じゃないとするのなら、始めに言ってくれ。突然身分を明かすから、何か企んでるのかと思っちまったぜ」
「すみません……」
「ってことはなんだ、竜ってのはまじってことか?」
「はい。大型飛竜のナギといいます」
「いやなんだ、話の通じる相手で良かったぜ、本当に。そのナギってやつは確認させてもらってもいいのか?」
「はい。これからこの国の空を飛んで移動するつもりです。敵対する意思などはないとお伝えするために来たところ、皆さんが出立の準備をされていたので……」
「こんなバカ丁寧な特級もいるんだなぁ。いや、まぁ、常識ってのはどっかに捨ててきたみたいだが」
ハルカが特級冒険者であるとわかってなお軽口をたたくのは大した度胸だった。実際畏まられたり怖がられたりしてしまうことを懸念していたハルカとしては、実にありがたい反応だ。
「わざわざ子連れで来てるような奴が、そうそう悪い奴なわけないか」
そんなひとりごとが聞こえてきて、ハルカは作戦がほんのちょっとだけ成功していることを悟った。いつもしかめっ面のレジーナや、喧嘩っ早いアルベルト。それになぜか男性にあまり好かれないイーストンを連れてこなかったのは正解である。
「ああ、そうそう、名前を聞いとくぜ。疑うわけじゃねぇが、後で冒険者ギルドに確認したいからな。俺はナスコっていうんだが」
「ハルカ=ヤマギシです」
「よーし、覚えておこう」
ハルカはこのナスコという人物にすっかり気を許していたが、果たしてナスコもそうであったかというと微妙なところだ。
部隊を預かっている責任もあったが、ナスコは見た目と身分が釣り合っていないへんてこな冒険者を完全に信じてはいなかった。
ただ、こうして部隊を街の外に出してどんなメリットがあるかわからないから、ただ敵対はしていないというのが正しい。気のいいおじさんみたいな顔をしているが、ナスコはきちんと軍人であった。
しかしそれにしても、完全に気を抜いているようにしか見えないこの特級冒険者に対して、積極的に疑いをかける気にもならない。大人しい子供も、自分の話を楽しそうに聞いているものだから、敵対し辛いのは人情であった。
あえて部下達には安全であるという報を出さずに、得た情報を自分の中だけにとどめながら会話を続ける。
「あんたら、【レジオン】の方から来たみたいだけど、【プレイヌ】の冒険者だよな?」
「よくわかりますね」
当たり前の話題を振ったつもりが、ハルカが感心したように返事をするものだから、ナスコにしても気分がいい。
「【レジオン】じゃ騎士たちが出張ってて、冒険者の活躍ってのはとんと聞かねぇからな。特級だなんて言われたら、予測もつくってもんよ」
「はぁー……、なるほど。……ナスコさんの知り合いで特級冒険者っていますか?」
馬鹿な質問だと思った。一介の都市の隊長が、特級冒険者と懇意になる機会なんかそうそうない。やっぱり身分を偽ってるのじゃないかと思いながらも、しゃべっていて気分は悪くないので、舌はよくまわる。
「いやぁ、知り合いにはいねぇな。しかし武闘祭にはよく【首狩り狼】っていかにも恐ろしい二つ名の冒険者が来るらしいぜ。あとこの国で有名っつったら、街を一つ丸ごと火の海にした、ってやつがいるな。あんたの前で言うことじゃないが、積極的に関わりたいとは思わんよ」
「街を……。その人は今どうしてるんです?」
「郊外の檻の中で、一人で魔法を発動させる陣の研究をし続けてるって話だぜ。俺たち軍人の中じゃ、悪いことするとそこに左遷させられるって噂だ」
「その、街では犠牲とか……」
「出たに決まってる。それに比べりゃハルカの姉ちゃんは随分と大人しそうに見えるな。頼むから猫かぶってるとか言わないでくれよ?」
恐ろしい話を聞いてしまったとハルカは思った。
その檻の中にいる人みたいなのが、世間一般での特級冒険者へのイメージなのかもしれないと思う。世間から警戒されるわけである。
「おい、怖いから返事してくれや」
「あ、はい、すみません。ちょっと色々考えてしまって」
「物騒な考えじゃないことを祈るぜ。さて、そろそろ目撃されたあたりのはずだが……」
そんなことをナスコがいうと、待っていたかのように地響きが聞こえてくる。林の中からものすごい勢いで飛び出してきた猫の化け物のようなその生き物は、一心不乱に走り、目の前にいるナスコたちを引き倒そうとしたところで、空へと連れ去られた。
ハルカの見慣れた大きな影が頭上を通り過ぎると、起こした風が土を巻き上げ、服が煽られる。
獲物をつかまえたナギが、ハルカの姿に気付き、ぐるぐると空を回る。
獲物として狙われているのではないかと考えたナスコは、顔を引きつらせて武器を構えるのだった。
「あ、あれがナギですね。多分もうちょっとしたら降りてきて、捕まえた獲物を見せてくれると思います」
先ほどまでと何ら変わらない調子で伝えたハルカに、ナギに向かって腕を伸ばして笑うユーリ。
それを見てナスコは思う。
特級冒険者ってのはどうやら嘘ではなかったようだと。