躓き
ナギの背中に乗っている間にしていることは、それぞれ違う。
アルベルト・モンタナ・レジーナはまじめに訓練をしていることが多い。どたばたと動き回るものではなく、軽い素振りであったり、魔素の流動を確認したりなのだろう。
休憩時間にはああだこうだと、戦いにおける位置取りの話をしている。
前線に突っ込んでいくことの多い三人だから、連携を密にしているようだ。意外なことに個人戦では一番強いレジーナの意見が通ることはあまりない。これは別に新人をいびっているわけではなく、レジーナの動きが一人で戦うことに特化しているからだ。
そんな時レジーナは不機嫌そうに鼻を鳴らすことが多いが、話を聞いているうちに納得するらしく、しばらくするとまた会話に口を挟み始める。
ぶっきらぼうで危なっかしいが、そこはそこで仲良くやっているらしい。
コリンやハルカは、進路やお金の確認をしたりと旅の計画を立てていることが多い。日中はぼんやりしているイーストンがたまにそこに口を出す。
ずっとやっているわけではないから、それが終わると訓練に参加するような形だ。
そうして全員が、空いた時間や作った時間でユーリの訓練に付き合ったり、遊んだりしている。ユーリ自身ジッと訓練の様子を見ていたり、ハルカたちの会話を聞いているので、特に退屈はしていないようだ。
そのせいか、全体を一番よく把握しているのがユーリである可能性すらあった。
今後の予定が決まって、改めて進路の確認などを終えたハルカは、地図を畳んでしまい腕を上げて大きく体を伸ばした。この体は肩や首が凝るようなことはないが、気持ちのリフレッシュになるので、癖でたまにやってしまう。
息を吐いて座っていると、いつの間にか横にいたユーリが声をかけてくる。
「ママは、日本の人?」
ハルカ以外には通じない質問だった。
ハルカはもしかしたらと思っていたけれど、どうもその想像が当たっていたらしい。
「はい。東京でサラリーマンをしていました。どこにでもいるような、目立たないおじさんでしたよ」
「……家族とか、いた?」
「いえ、一人身でした。両親はもう亡くなっていましたから。未練も……悲しいことにありませんね。なぜ私が、この体でここにいるのかってことは気になっていますけれど。ユーリも日本の子だったんですか?」
前の世界で死んで、という言葉が引っ掛かってハルカはそれを尋ねられずにいた。しかしユーリの方から話題に出してくれたので、遠慮がちに聞いてみる。
「うん。今のアルたちより若い時に死んじゃった」
「……病気か、事故、ですかね。嫌なことだったら話さなくてもいいですからね」
「うん……」
「ユーリは、帰れるなら帰りたい……」
「帰りたくない。絶対に嫌」
小さな手がハルカの服を握り、丸く黒い瞳が見開かれ静かに、しかし明確な拒絶を見せる。
「……うん、うん。この話はやめましょうか」
ハルカはユーリの腰を抱えて自分の膝の上に乗せた。
「ユーリはもう私たちの家族ですからね。急にいなくなったりしたらダメですよ。みんなどこまでも探しに行っちゃいますからね」
「……うん。ママも……、いなくならないでね」
「あぁ……。もちろん、いなくなりません。しかし、そうなるとなぜここに私がいるのか、やはりどこかではっきりさせておきたいですね。私の意思が介入しないところで、いきなり元の場所に戻ったりしたら困りますから」
「一緒に探す」
「そうですね、皆にも手伝ってもらいましょう」
体をゆらりゆらりと左右に揺らしながら、ハルカはゆったりとした口調でユーリと言葉を交わす。昔見たテレビのこと。住んでいた場所のこと。どんな風に生きてきたのか。
ユーリの生い立ちについては尋ねずに、自分のことをぽつりぽつりと話す。話し始めてみると、案外自分も頑張って生きていたんだなぁと思う。失敗談ばかりで恥ずかしかったが、ユーリは楽しそうにそれを聞いていた。
色々と話してみてわかったことは、ユーリの知識がどこか偏っているということだった。若い時分に亡くなったにしてはものを知っているし、逆に当たり前に知っているようなことに首を傾げる。
どんな生き方をしてきたのか探ったりはしないけれど、ハルカはユーリの前世に不穏なものを覚えていた。
今世といい前世といい、どうにもユーリは苦労をする運命にあるらしい。
だからこそハルカは思う。
今回のユーリの人生こそ、幸せに長生きしてもらわねばと。
絶対に帝国ときっちり話をつけてやろうという決意を新たに、ハルカはユーリがうとうとし始めるまで、情けないおじさんの話を語るのであった。
ハルカはユーリを抱えたまま、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている街の前で佇んでいた。
連れてきたのはコリンとモンタナ。警戒されなさそうなメンバーでやってきたけれど、それは意味をなさないような気がした。
街から離れた場所で地面に降りて、一晩過ごしてからやってきたのだが、どうやらその一晩が良くなかったようだ。
近くに巨大な飛竜が飛んでいたことが街に伝わり、ご覧のありさまである。
兵士たちが門の前に集まり、今にも出立しようとしている。
「まずいですね」
「まずいねー」
「どうするです?」
大型飛竜という災害並みの脅威に対して、ハルカたちはまだまだ認識が甘かった。
ドットハルト公国は、帝国に対抗するため軍の力が非常に強い。
佇んでいるうちにどんどん出立の準備が整っていく。これ以上待っていては増々大変なことになると、ハルカたちは仕方なく勇気を出して声をかけることにしたのだった。