変わったり、変わらなかったり
今回の留守番役はコリンとアルベルト、それにイーストンだ。当事者であるユーリ、交渉役であるハルカ、考えが読みにくい相手であることを考えて、保険にモンタナ。あとは当たり前のように立ち上がってついてきたレジーナだ。
モンタナに関してはハルカがお願いしてきてもらった形だ。
森を抜けて街道へ出ると、そこからはもう道なりに進んでいけば、〈ヴィスタ〉へ辿り着く。【レジオン】の大通りは基本的にどこも〈ヴィスタ〉に通じているから、迷うことがない。
女二人、子供のように見えるモンタナと、実際まだ小さいユーリ。
幾度か男の集団が寄ってくることがあったが、レジーナの金棒がうなり、即座にそれを黙らせた。
腕の力だけで振られたそれが鼻の先を掠めると、身の丈を知っているものは慌てて逃げていく。
実力の差もわからないものは、二振り目の金棒が岩や木を容易く粉砕するのを見て逃げていく。
中には話せばわかるものもいたのかもしれない。しかし戦いの心得があるものを、安易に近づけるものではないというレジーナの考え方もわからないでもなかった。
特にレジーナは、実際に口に出して言うことはないけれど、ユーリのことをよく見てくれている。
護衛の一環と思えば、まぁ、そこまで突飛な行動ではないと言えるのではないだろうか。
と、ハルカは自分の心にそんな言い訳をしながら、幾人もの逃げ去っていく人々を見送っていた。
つまり、気持ちでは話してもいいんじゃないかと思いつつも、理屈ではそこまで間違ったことはしていないと思っていた。
この世界に生きる冒険者としては優秀になってきたとも言えるし、一般人の感性がどんどんすり減っていると取ることもできた。
コーディはハルカたちが来訪するという知らせを聞いて、この先数日間の仕事を急いで片付けた。
つい先日旅から戻ってきたところだったので、さほど忙しい仕事を作っていないのが幸いだった。
街を留守にしていることも多いというのに、毎度きちんと時間の取れる時期にハルカたちはやってくる。偶然なのか、はたまた調べているのか定かではないが、どちらにしても大したものである。
初めて出会った時は甘いばかりで力を持て余している印象があったが、いつのまにやら特級冒険者だ。
コーディは自分の人を見る目を褒めてやりたかった。
香り高い茶を啜って、窓の外に目を向けながら、コーディはハルカたちの来訪目的を考える。
近頃は帝国の使いがコーディの周りをうろつくようになってきた。
協力するふりをして煙に巻いているが、いずれユーリが見つかるのも時間の問題だろうと思っている。
ハルカたちがくると聞いて、ひとまずその使者には適当な情報を与えて、十日程かかる場所へ出向いてもらっている。
使者が残していった見張りは、秘密裏に処理しておいた。あとで突っかかられても、あちらが身分を明かしていない以上、身の安全を守るための処置だったと言い訳するコーディを責めることはできないだろう。
むしろ身分ある人物に見張りをつけるような無礼をしたことを、わざわざ明るみに出したりしないはずだ。
まぁ、まず間違いなくこの件だろうとあたりをつけていたコーディは、使用人からの連絡を受けて、執務室の椅子から立ち上がった。
久々の再会に自然と表情が緩くなっていることに気がついたコーディは、部屋を出る前に軽く頬を撫でて、いつもの通り少し意地悪そうにも見える顔を作るのであった。
内容を予想していたコーディであったが、ハルカから聞いた提案には度肝を抜かれた。
「つまり、なんだい? 君たちだけで皇帝のところへカチコミをかけようってことかな……?」
ハルカはそう問いただされて「いや」とか「えー」とか言って考えているが、端的に言ってそういう話である。
最終的にはうなずいて「まぁ、そういうことになってしまいますね」と返事した。
何をするにも遠慮がちで自信がなさそうだったハルカから出てくるとは思えない提案だった。ほんの一年、二年、間近で接しない間にちゃんと成長しているらしいことに、コーディは笑った。
「……そろそろ隠すのは難しいと思っていたし、君たちがそうしたいのなら、やめろとは言わない」
「ユーリは私たちの家族ですが、それと同時にコーディさんからの依頼をいただいていたことも事実です。ご迷惑になりませんか?」
「正直なところ、ユーリ君を君たちに預けた時にいったこちらの旨みなんていうのは、交渉を滞りなく進めるための方便でしかなかったからなぁ。ただ、何かあった時こちらの名前を出すのはやめてほしいかな、国際問題になりかねない」
「それはもちろん」
「あとはそうだな……。私の方で調べたユーリ君の生い立ち、あそこにいた経緯、知りたいかい? かなり辛い話になるけど」
「……教えていただけますか?」
「うん。……ユーリ君は席を外したほうがいいかもね。いつかもう少し大きくなった時に、ハルカさんから話してあげたらいい」
「そうですね……、ユーリ、そうしたらモンタナと一緒に」
「聞く」
「え?」
「僕も一緒に聞く」
ハルカとコーディは困ったように顔を見つめ合わせる。いくら賢い子であるとはいえ、出生から逃げ出すまでの話は、何一つとして幸せな部分がない。幼いユーリがわざわざ知る必要のないことであるように思えた。
いつか成長して、自分のルーツが気になるようなことがあれば、その時に十分な前置きをして話すような内容だ。
しかし、そんな二人に向けて、ソファに沈んでいたモンタナが口を開く。
「大丈夫です。ユーリはわかってるです」
「いやぁ……、いくらそうは言ってもね」
コーディは渋ったが、ハルカは立ち上がるとモンタナの横に座っているユーリの正面にしゃがみ目を合わせた。
「面白い話じゃないと思いますよ」
「うん」
「本当に聞きますか?」
「聞きたい」
「…………ユーリ、これから何を聞いても私たちはユーリの家族ですし、一緒にいます。辛く思っても、悩むことがあっても、それは疑わないでくださいね」
ユーリの手をとって真剣な顔をしてハルカがそう言うと、ユーリは表情を崩して笑う。
「うん、わかってるから聞く。……あと、帰りに僕の話もきいて」
「はい。では、一緒に話を聞かせてもらいましょうか」
ハルカはユーリからの信頼を感じて、ジーンと感じ入っていた。だから気づかない。
ユーリがこの話を聞くことに対してよりも、帰りに自分の話を聞いてほしいと言った時のほうがよほど緊張していたことに、全く気づいていなかった。