ナギちゃんと一緒
スコットときっちり話をつけたらしいコリンによると、彼は今回の会談が終わるのに合わせて、準備していた人員を【竜の庭】の拠点へ送るそうだ。自分たちがいない場所で大掛かりなことが始まってしまいそうな状況をハルカは心配していたが、コリンはあまり気にしていないようである。
カーミラのことはともかくとして、生真面目なダスティンがいるし、何よりノクトがいる。また、きちんと利益を考える商人であるスコットが、安易に悪さをするようには思わないというのが、コリンの考えだった。
そうなると【プレイヌ】でやっておくべきことはひとまず終わってしまった。先のことを考えれば、あまりのんびりするような旅ではない。
ハルカたちは早々に準備を終わらせて、すぐに【神聖国レジオン】へ向かうことにした。
【プレイヌ】の国内は、一つずつの街は大きいものの、間の道は普通に行き交う商人と冒険者がいるくらいで、国が管理しているわけではない。
それに対して【レジオン】は騎士が多く巡回していて、国内のどこに居てもある程度の監視の目が行き届いている。
つまり、前回の訪問で空を飛んでいったハルカが問題になったのと同様に、ナギに乗ったまま入国してしまうと、色々と問題が発生するというわけだ。
前回巡回騎士の大隊長をしている人物に注意された通り、ハルカたち一行は国を越えて道なりにすすんで最初にある、関所代わりの街を訪ねることにした。
国を越えるときの明確な境というのは曖昧なことも多い。
王国のように、ぴったり国境に関所が立っていることもあれば、あの川を越えたら、とかあの山を越えたらとか、そんな風に分けられていたりもする。実はひっそりと石碑が建てられていたりもするのだが、少しでも道を外れてしまうとそんなものは目に入ってこない。
再度【レジオン】の騎士に迷惑をかけるのもどうかと考えた結果、国境の山の中腹でハルカたちはナギの背から降りて、関所の街まで歩いていくことにした。狭い山道を歩くのにはナギの体は大きく、ハルカたちと一緒に歩いて国境を越えるのは難しい。
頭上をぐるぐると回りながら、付いてくるのであるが、それははたから見れば獲物を追いかけているようにも見えるだろう。
山を隠れ家としていたならず者たちは、見たこともない巨大な竜に恐れをなして、道まで出てくるのをやめた。もし出てきてハルカたちを襲っていればただでは済まなかったはずだ。ある意味では運がいい。
どちらにしてもそのうち【レジオン】と【プレイヌ】の共同作戦によって掃討されることにはなるので、寿命が少し延びただけに過ぎないが。
山を下って道が広くなったところで、ナギが空から降りてくるのを待つ。山中で一泊してきたので会うのは一日ぶりだ。もう日が暮れてしまっているので、待つといっても、乾いた木々を集めて宿泊の準備をしながらである。
やがてゆっくりと降りてきたナギは、口に大きな熊を咥えていた。頭のないそれからは、既に首からはもう血がしたたっていない。
ナギが飛んだ後には結構な量の血が降ってきていたはずだ。下を歩いていたものがいるとするのならば、ご愁傷さまとしか言いようがない。
ユーリに今日の獲物の報告をしに来たナギを見てから薪を地面に並べ、イーストンは枯れた木をずるずると引きずってきたハルカに話しかける。
「僕はさ、ナギに乗ってようと一緒に歩いているだけだろうと、どうせみんな驚くと思うんだよね」
「それでも進むのが遅い分、接触は楽になりますし、私たちに戦闘の意思がないことは伝わりやすいと思うんですよ」
魔法を使って持ってきた枯れ木を細かくしながらハルカが答える。
ユーリに褒められてグルグル言っているナギの姿は、端的に言えば恐ろしい。そして何より大きい。焼け石に水ではあるけれど、やらないよりはましくらいの印象だ。
「この国は何とでもなるんだろうけど。【ドットハルト公国】や【帝国】に入ると、迂闊に街には近づけないかもしれないね。だからといって隠密行動も難しいだろうけど」
「そうでしょうね。ナギと留守番する組と、街の様子を見る組に分かれる必要もあるかもしれません。……隠密行動、したほうがいいですよね。狙われる可能性だってありますし」
「しなくていいだろ」
立ち止まって話している二人の後ろからやってきたアルベルトが口を挟む。声を抑えていたわけではないから聞こえていたらしい。そうして綺麗に並んだ薪の上に、持ってきた枯れ枝を放り投げながら続ける。
「ユーリを皇帝に認めさせるんだろ。堂々と行こうぜ、何も悪いことしてねぇんだから」
イーストンもハルカも、争い事は避けたほうがいいだろうという考えが根底にある。しかし言われてみれば、それも一理あるような気もしてきた。
もうこそこそとしないために赴くのに、その過程で隠れ潜むというのもおかしな話だった。
「そんな単純な話じゃないです」
兎の耳を掴んで戻ってきたモンタナが話に加わる。まだバタバタと足を動かしている兎は今夜のごはんだ。
「でも、それぐらいできなくちゃダメなのかもしれないです」
「だろ?」
結局のところ、相手の手札全てを破るだけの力が無ければ、無理を通すことなどできないのだ。こそこそと不意を打って相手の懐まで潜りこんだところで、その元凶を殺すわけでないのならば、いつか強者を派遣されてそれで負けて終わってしまう。
相手に『こいつらの相手をするのは益がない』と思わせなければいけないのだから、アルベルトの単純な考えは、案外真理だったのかもしれない。
「……それも、そうかもしれませんね」
「君たちがそう言うのなら、僕もそれでもいいと思うよ。色々大変そうだから気合入れないといけないよね」
ハルカたちはナギと戯れるユーリを見ながら、改めて、帝国とたたかう決意を固めるのであった。